マオルーグの休日
どうにかラグード王子のもとから離れた我は、一度城に引き返した。
くそっ、我の休日に何故こんなにも我が疲れているのだ!?
「おや、貴方は……」
「っ!」
びくり、と肩が跳ねた。
元魔王らしからぬ反応をしてしまったのは、ラグードとは別ベクトルに苦手な相手の気配を察知したからだ。
「マージェス、王子……」
「マオルーグさん、こんにちは。良い天気ですね」
白緑の長い髪に翡翠の目、虫も殺さないような穏やかで優しげな面をした中性的な美形は、友好国カノドのマージェス・ダルク・カノーディア王子。
迂闊だった……コイツはコイツで、一人の時に遭遇したくない相手だった。
「……散歩、ですかな?」
「ええ。せっかくのお天気なのに読書ばかりしていては体が鈍ってしまいますよ、と言われてしまいまして」
言われた、か……相手はだいたい察しがつくな。
くすくすと楽しげに笑うマージェスはコイツの前世など知らぬ純粋な乙女だったならうっとり見惚れていたことだろう。
しかし、コイツの前世は魔王配下の策略家、魔法使いのダークマージ……性格がかなりアレだったことを、我は知ってしまっている。
のんびりのほほんと人畜無害そうな雰囲気をしていても、我は騙されぬぞ……!
「ああ、そういえば」
「はい?」
「姫はあの本、読んでくださっていますか?」
あの本……勇者の誕生日に贈った冒険小説か。
「ああ……少しずつですが、読み進めているようですよ。テーブルの上に置いて、栞が挟んでありました。自分の趣味に合ってる、面白いと」
「そうですか、それは良かった」
ダークマージも読書家ではあったが、研究書や魔術書が主で、物語などは興味がなさそうだった気が。
うむ、こうして見るとマージェス王子は前世の面影が薄いような……
「あの本、魔王様がかっこいいんですよねえ……」
ん?
「ま、魔王?」
「あっ、主人公は仲間達と冒険する勇者で、最後は魔王様も勇者に倒されてしまうのですが……」
待て待て、勇者が主人公の話でどうして魔王にだけ様をつけた?
「美しく気高く気品溢れる孤高の魔王様……散り際すらも魅力的でした……」
聞いてもいないのに語りだした王子のうっとりとした目……我には前世で覚えがあるぞ……
手洗いから出てきた我に「魔王様はトイレになど行きません!」と言い放って走り去ったダークマージが、日頃我によく注ぐまなざしそのものだ。
と言っても、前世のダークマージはローブに隠れて顔など見えはしなかったのだが。
あのな、ダークマージ……我とて生物なのだ、手洗いくらい行かせてくれ。
しかしそんな我のささやかな訴えも、奴の本気の眼を前にしては、とうとう伝えるタイミングを見つけることはできなかった。
「ま、まあ、悪役が魅力的だと物語も面白いですからね……」
「そうなんです!」
前言を撤回しよう。
コイツは紛れもなくあのダークマージの生まれ変わりだ。
魔王語りが止まらなくなったマージェス王子にげっそりしながら、我は確信したのであった。
くそっ、我の休日に何故こんなにも我が疲れているのだ!?
「おや、貴方は……」
「っ!」
びくり、と肩が跳ねた。
元魔王らしからぬ反応をしてしまったのは、ラグードとは別ベクトルに苦手な相手の気配を察知したからだ。
「マージェス、王子……」
「マオルーグさん、こんにちは。良い天気ですね」
白緑の長い髪に翡翠の目、虫も殺さないような穏やかで優しげな面をした中性的な美形は、友好国カノドのマージェス・ダルク・カノーディア王子。
迂闊だった……コイツはコイツで、一人の時に遭遇したくない相手だった。
「……散歩、ですかな?」
「ええ。せっかくのお天気なのに読書ばかりしていては体が鈍ってしまいますよ、と言われてしまいまして」
言われた、か……相手はだいたい察しがつくな。
くすくすと楽しげに笑うマージェスはコイツの前世など知らぬ純粋な乙女だったならうっとり見惚れていたことだろう。
しかし、コイツの前世は魔王配下の策略家、魔法使いのダークマージ……性格がかなりアレだったことを、我は知ってしまっている。
のんびりのほほんと人畜無害そうな雰囲気をしていても、我は騙されぬぞ……!
「ああ、そういえば」
「はい?」
「姫はあの本、読んでくださっていますか?」
あの本……勇者の誕生日に贈った冒険小説か。
「ああ……少しずつですが、読み進めているようですよ。テーブルの上に置いて、栞が挟んでありました。自分の趣味に合ってる、面白いと」
「そうですか、それは良かった」
ダークマージも読書家ではあったが、研究書や魔術書が主で、物語などは興味がなさそうだった気が。
うむ、こうして見るとマージェス王子は前世の面影が薄いような……
「あの本、魔王様がかっこいいんですよねえ……」
ん?
「ま、魔王?」
「あっ、主人公は仲間達と冒険する勇者で、最後は魔王様も勇者に倒されてしまうのですが……」
待て待て、勇者が主人公の話でどうして魔王にだけ様をつけた?
「美しく気高く気品溢れる孤高の魔王様……散り際すらも魅力的でした……」
聞いてもいないのに語りだした王子のうっとりとした目……我には前世で覚えがあるぞ……
手洗いから出てきた我に「魔王様はトイレになど行きません!」と言い放って走り去ったダークマージが、日頃我によく注ぐまなざしそのものだ。
と言っても、前世のダークマージはローブに隠れて顔など見えはしなかったのだが。
あのな、ダークマージ……我とて生物なのだ、手洗いくらい行かせてくれ。
しかしそんな我のささやかな訴えも、奴の本気の眼を前にしては、とうとう伝えるタイミングを見つけることはできなかった。
「ま、まあ、悪役が魅力的だと物語も面白いですからね……」
「そうなんです!」
前言を撤回しよう。
コイツは紛れもなくあのダークマージの生まれ変わりだ。
魔王語りが止まらなくなったマージェス王子にげっそりしながら、我は確信したのであった。