それぞれの後日談

 友好国リンネには、可愛らしいお花が咲いています。
 くるくると表情を変える大きな目、一生懸命な動きに合わせて揺れる珊瑚色のポニーテール。
 最近の楽しみは、リンネの小さな一輪の花……ユーシア姫の観察です。

 ほら、今日も……

「いくぞ、マオ!」

 姫の私室から繋がる小さな庭には、色とりどりの花と葉が育ち……よく見ればそれは、何種類かの薬草のようです。
 そんな花々に隠れるようにして、元気な少女の声。

 ああ、今日もやっていますね。

「まったく……勉強もそのくらい熱心にやったらどうだ?」
「へっ、俺がそういうの得意じゃないの知ってるだろ?」

 髪はいつものポニーテールではなく三つ編みにし、動きやすい服装に剣を構え、私の前とは違う口調に表情。
 元気というか、荒々しいというか……最初は少しびっくりしましたけど、これが彼女の“素”なのかと思うと……それを向けられる護衛の方が、少し羨ましくもあります。

 彼女と対峙しているのは、葡萄色の髪をした逞しい男性。
 元・旅の傭兵で現在は姫の護衛となったマオルーグさん。
 彼もまた一国の姫相手とは思えない物言いを彼女に向けていますが……そういうのが許される間柄、なのでしょうか。

 私の今のお気に入りの場所は、そんな彼らをこっそり覗ける秘密の場所。
 城が誇る大庭園の隅の、あまり人が立ち寄らなくて読書に最適な場所だったのですが……近頃は逆に、こんな賑やかさを楽しんでいます。

 と、

「マージェス王子」
「おや、貴方は……騎士団のスカルグ隊長、でしたか」

 白藍の髪を後ろで束ねた勿忘草色の瞳の騎士、スカルグ隊長。
 運動全般が苦手な私が言うのもなんですが、色白で細い手足をしているのに隊長を務めるほど強いらしく、いつも不思議で……なんて、そんな風にじろじろ見たら失礼ですね。

「……私の顔に何かついていますか?」
「あ、いえ。こんな所に人が来るのは珍しくて……私はよく読書に来るのですけど」
「そうでしたか。確かに静かで良い場所……」

 その瞬間、金属が激しくぶつかり合う音。

「おらおらぁ!」
「甘いぞ勇者! 所詮はか弱い小娘の肉体だな!」

 次いで聴こえてきた声に、スカルグ隊長はおそるおそるそちらと私の顔を交互に見て。

「い、今のは……」
「元気ですよねぇ。最近これを見るのが楽しくて」
「ひ、姫様っ……!」

 止めに入ろうとした隊長さんの腕を咄嗟に掴むと、ぐいっと思い切り引っ張る。
……もしかして、私より細くありませんか?

「いけませんよ、隊長さん。私がこっそり覗いてるのバレちゃいます……貴方も、ね?」
「えっ、い、いや、私は……」
「ちゃんとマオルーグさんもついていますし、大丈夫でしょう。ユーシア姫もあんなに楽しそうです」

 彼女のささやかな楽しみを奪ってはダメですよ、と加えると、スカルグ隊長は困り顔に。
 あれ、この方のこういう顔、見ているとなんだか妙に楽しいような……

「心配なら貴方もたまに覗きにいらしてください。幸い、今のところ私と貴方しかこの場所を知りませんから」
「ですが……」
「他の人が通りかからないように、見張り役をしていると思えば良いのですよ」

 王位継承権がないとはいえ、友好国の王子相手にいち騎士が強くは出られないのを知っていて言い包めるのはちょっと狡いでしょうか。

「この事は、私と貴方のヒミツ……ですよ?」
「……はい……」

 がっくりと項垂れる隊長さんに、もうひとつ楽しみが増えたな、なんて思ったのもヒミツです。
3/6ページ
スキ