DーZ

―case 4:プレナイト・リーヴ―

 他人に構っていたら足をすくわれる。

 つまりはこの街でそれをやっていたら、生きていけないということだろう。

 先日出会ったスフェンの言葉が、ディアンの胸中にちくちくとした痛みを伴って残っていた。

「見て見ぬふりなんて、できるかよ……」

 海風が髪をそっと撫ぜる感覚も、今のディアンには上の空。
 こちらの心境とは関係なく、穏やかに寄せて返す波を眺めながら呟くと、

「なにを?」
「ぎにゃっ!」

 前回と全く同じパターンで不意を突かれて、危うく彼の口から心臓が旅立つところだった。
 さらに振り返れば無表情の美形がほぼゼロ距離まで迫っていて、二重にびっくりさせられる羽目に。

「えーと……プレナイト、だっけ?」

 スフェンの弟の。

 そう尋ねると美形はこくりと頷いた。

 兄と髪と目の色はお揃いだが、弟の方が髪質は硬そうだ。
 身長はそこまで違わないのに、すらりとして均整のとれた身体は、心なしか手足が長く見えた。

 こうして観察すると、兄弟はとても対照的というか……

「何か用か? ってか、よく俺を見付けられたな」
「ディアンは、目立つから……また、話したいと、思って」

 あなたをさがしてた。

 真っ向からそう告げられると、さすがのディアンも気恥ずかしさに目をそらしてしまう。

「そっ、そういう台詞は俺みたいなおじさん相手じゃなくてだなぁ……」
「どうして?」
「あー……まぁいいや」

 おそらく天然なのであろうプレナイトにこれ以上は無駄だと悟ったディアンは、溜め息と共にこの話題を終わらせた。

 すると、

「……スフェンが、この間は悪いことを言ったって。ディアンは普通にいい人っぽいから、気にしちゃったらごめんって」
「あの兄ちゃんが……?」

 ややあってからのプレナイトの言葉に、ディアンが首を傾げる。

 この弟もそうだが、兄の方も自分で言うだけあって必要以上に他人に構うようには見えなかったからだ。

「なんだ、お前の兄ちゃんいいヤツなんじゃないか」
「いいヤツ?」
「スフェンは優しいなって」

 わしゃわしゃと撫でてやりながら笑いかけると、プレナイトは少しだけ嬉しそうになった。

「うん、スフェンは優しい。兄ちゃんのことで喜べるお前さんもな」

 そう言われた彼の表情は、小さな子供が親に誉められたそれのように思える。
“子”なんて年齢はとうに過ぎているのだろうが、それでもディアンからの印象は、ちょっと変わってるけど“いい子”になった。

「……俺は運がいいのかもしれないな」
「運?」
「だって、ここへは騙されて来ちまったけど、いいヤツとばっかり知り合うからさ」

 胡散臭い不動産屋の口車に乗せられて、犯罪都市の外れに住むことになって、最初はもしかしたら近いうちに死ぬのではとさえ感じた。

 けれども実際はこうやって無事生きていけているし、修理屋のオーキッドやこの兄弟のように好意的に接してくれる人間とも出会えた。

 能天気と呆れられるだろうが、ディアンにとってはそれだけで御の字なのだ。

「あー、単純だな俺……スフェンに、気遣いありがとうって言っといてくれ」
「帰るのか?」
「夕飯の支度があるからな。それとも食べに来るか? なんだったらスフェンも一緒にさ」

 みんなで食べた方が飯はうまいぞ、と振り向き際にウインクをして。

 だがその返答は、

「……兄弟セットはスペシャル料金になるけど……ディアンなら、安くしとく」
「そういう意味じゃねぇよ!」

 商売の話と勘違いされたらしく、ややずれたものとなってしまった。
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