DーZ

―case 2:オーキッド・ラン―

「起……くれ、入居二日目にして……とか、縁起悪いどころの話じゃ…………!」

 ああ、うるさい。

 せっかく朝日が射し込んでぽかぽか気持ちよく眠っていたのに、まだぼんやり夢見心地の鼓膜を叩く声はどこのおっさんだ、とゆるゆる覚醒してきたところで、男……オーキッドの全身を鈍い痛みが襲う。

「いって、」
「生きてた!」

 まず視界に映ったのは、涙目の中年男。
 限りなく白に近い淡い色の目も、髪から顎髭、よく見れば眉に睫毛まで白と黒の混じった珍しい色目をしているが、いくら記憶を手繰り寄せても知り合いにはいない顔で、オーキッドが首を傾げた。

「えーと、どちらさん?」
「それはこっちの台詞だっつの! あんたが俺の部屋の天井突き破って落ちてきたんだ!」

 そう言って無惨にも大穴が開いてしまった天井を指差す中年男。
 なるほど、この場にいるのが不自然なのは自分の方か、とひとり納得したオーキッドは昨夜のことを振り返る。

「あーそうか、たしか逆恨みした連中に襲われて……」
「さ、逆恨みぃ!?」
「そうそう。俺は修理屋のオーキッドっていうんだけどさ、よくあちこち破壊しちゃうんだよね」

 きょろきょろと部屋中を見回して、床に落ちていたキャップを拾い、被って見せる。
 オーバーオールに身を包んだ大柄な男は、自己紹介と同時にとんでもない矛盾を吐き出した。

「…………壊す?」
「そ。なーんかよくわかんねーけど、結果的にそうなっちまうの。あ、腕が悪い訳じゃないぜ?」

 中年男は「意味がわからない」と言葉でも表情でも語った。

「ここ物騒だからさ、仕事の最中によく邪魔が入るんだよ。それでついカッとなってその辺のモノをぶん投げたりして撃退する。邪魔が入らなくなったら改めて仕事はするんだけど、その時には直さなきゃいけないもんがいくつか増えてる」
「はぁ……」

 がっしがっしと音を立てて乱雑に頭を掻く姿が、オーキッドの性格をあらわしているのだろう。
 まだ納得していない相手などお構い無しに「ところで」と話を切り替える。

「さっき入居二日目とかなんとか聞こえたけど、見ない顔だな兄さん」
「あ、ああ、えーと……昨日越してきたディアンだ…………不動産屋に騙されて」

 最後の方は小声で、目をそらしながら。

 それで大方察したオーキッドは、ディアンの頭をぽんぽんと叩き、

「そっかぁ……大変だな大将。俺この辺詳しいから、何か困ったことあったら言ってくれよな」
「同情するなら天井直せ!」

 そして、ごもっともな言葉を返された。

「あは、そうだったそうだった。それじゃあ今回は迷惑かけた分と入居祝いってことで、サービスで天井直してやるからな」
「えっ、マジで?」
「このオーキッド様に任せとけって!」

 厚い胸板をどーんと張り、オーキッドは人懐っこい笑顔を見せた。

 しかし、その裏では……

(こんなお人好しがこの街で生きてけるのかねぇ……ま、これも何かの縁だ)

 危なくなったら守ってやるよ、大将。

 呆気なく警戒を解き「なんか悪いな」とまで言うディアンに、密かにそんなことを思っていたとか。
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