DーZ
―case 1:ディアン・オービス―
その日は朝から最悪だった。
目覚めたディアンの前に傷だらけの男が眠って……眠っ、眠っていることにしよう。
さらに引っ越したばかりの賃貸の天井に景気よく大穴が開いていて、爽やかな陽の光が全力でベッドに降り注いで目覚ましとなっていたのだから。
「やだ、なにこれ……」
思わず平素ならありえない乙女のような口調とリアクションになるディアン。
昨日までは想像もしなかった非日常的な光景に、彼の脳裏にこれまで生きてきた四十八年分の走馬灯が総集編でよぎっていく。
――……これはつい先日のこと。
『第二の人生にふさわしい、素敵な物件を探してる? だったらここなんかいいんじゃないかな』
とある事情で警察を辞職したディアンは、心機一転新しい生活を求めて引っ越し先を探していた。
そして不動産屋が紹介してくれた部屋は、広さの割に家賃も破格で日当たり良好、バスとトイレもきっちり別と充分すぎるもので。
『……やけに安いな』
『オバケとかそういうのは出ないから安心して。ちょっとボロいんだよ』
『ああ、そういう? いや、ちょっと待てよ……この住所は』
ぎくり、と不動産屋の男が笑顔をひきつらせた気がするが、それは一瞬のこと。
『そういえばお客さん、警察だったんだっけ。仕事柄この街のことは話に聞いてたりするの?』
『ああ、まぁな……相当物騒だって話じゃないか。犯罪都市だなんて呼ばれて、警察の介入もあってないような無法地帯だって。そんな危険な所に住まわせるつもりなのか?』
ディアンが何も知らない一般人だったら、言われるまま騙されて契約してしまっていたかもしれない。
だが辞めたとはいえ警察に身を置いていた男が詐欺になどあってたまるか、と睨みをきかせた。
『……ばれちゃあ仕方ないか。そう、この物件はその犯罪都市の外れにあるから破格なんだ』
『やっぱりな!』
『けどお客さんの言うような話は特別治安の悪い地域で、外れの方は海に面した、普通よりちょっと治安の良くない港町ってとこだ。悪い話ばっかり誇張されて入ってくるから買い手がつかなくて困ってるんだよね』
やれやれ、と不動産屋が溜め息をついた。
『普通よりちょっと治安の良くないって……』
『警察やってたお客さんなら大丈夫な程度さ。それに港町なだけあって美味い魚や食べ物は保証する。住めば都だよー?』
『美味い魚に食い物……?』
サングラスの下の色素の薄い目が輝き、白と黒のツートーンの髪の、一房だけ長い部分がぴこっと動く。
好感触と見た不動産屋は、立て続けに物件と街の売りどころを話し続け……――
そして、現在に到る。
「あの不動産屋、騙しやがったなー!」
普通よりちょっと治安の良くない、と聞いて、誰が住んだ翌朝からこんなドッキリ体験を想像するだろうか。
まぁ何にせよ一度は警戒しておきながら不動産屋の口車に乗せられてうっかり契約してしまったディアンにも落ち度はなくはないのだが……
「とりあえず起きろ、起きてくれー! 入居二日目にして死人とか縁起悪いどころの話じゃねーぞー!」
これから先こんな非日常が日常になっていくことを、今の彼は想像すらしたくない……が、薄々気付いているのだった。
その日は朝から最悪だった。
目覚めたディアンの前に傷だらけの男が眠って……眠っ、眠っていることにしよう。
さらに引っ越したばかりの賃貸の天井に景気よく大穴が開いていて、爽やかな陽の光が全力でベッドに降り注いで目覚ましとなっていたのだから。
「やだ、なにこれ……」
思わず平素ならありえない乙女のような口調とリアクションになるディアン。
昨日までは想像もしなかった非日常的な光景に、彼の脳裏にこれまで生きてきた四十八年分の走馬灯が総集編でよぎっていく。
――……これはつい先日のこと。
『第二の人生にふさわしい、素敵な物件を探してる? だったらここなんかいいんじゃないかな』
とある事情で警察を辞職したディアンは、心機一転新しい生活を求めて引っ越し先を探していた。
そして不動産屋が紹介してくれた部屋は、広さの割に家賃も破格で日当たり良好、バスとトイレもきっちり別と充分すぎるもので。
『……やけに安いな』
『オバケとかそういうのは出ないから安心して。ちょっとボロいんだよ』
『ああ、そういう? いや、ちょっと待てよ……この住所は』
ぎくり、と不動産屋の男が笑顔をひきつらせた気がするが、それは一瞬のこと。
『そういえばお客さん、警察だったんだっけ。仕事柄この街のことは話に聞いてたりするの?』
『ああ、まぁな……相当物騒だって話じゃないか。犯罪都市だなんて呼ばれて、警察の介入もあってないような無法地帯だって。そんな危険な所に住まわせるつもりなのか?』
ディアンが何も知らない一般人だったら、言われるまま騙されて契約してしまっていたかもしれない。
だが辞めたとはいえ警察に身を置いていた男が詐欺になどあってたまるか、と睨みをきかせた。
『……ばれちゃあ仕方ないか。そう、この物件はその犯罪都市の外れにあるから破格なんだ』
『やっぱりな!』
『けどお客さんの言うような話は特別治安の悪い地域で、外れの方は海に面した、普通よりちょっと治安の良くない港町ってとこだ。悪い話ばっかり誇張されて入ってくるから買い手がつかなくて困ってるんだよね』
やれやれ、と不動産屋が溜め息をついた。
『普通よりちょっと治安の良くないって……』
『警察やってたお客さんなら大丈夫な程度さ。それに港町なだけあって美味い魚や食べ物は保証する。住めば都だよー?』
『美味い魚に食い物……?』
サングラスの下の色素の薄い目が輝き、白と黒のツートーンの髪の、一房だけ長い部分がぴこっと動く。
好感触と見た不動産屋は、立て続けに物件と街の売りどころを話し続け……――
そして、現在に到る。
「あの不動産屋、騙しやがったなー!」
普通よりちょっと治安の良くない、と聞いて、誰が住んだ翌朝からこんなドッキリ体験を想像するだろうか。
まぁ何にせよ一度は警戒しておきながら不動産屋の口車に乗せられてうっかり契約してしまったディアンにも落ち度はなくはないのだが……
「とりあえず起きろ、起きてくれー! 入居二日目にして死人とか縁起悪いどころの話じゃねーぞー!」
これから先こんな非日常が日常になっていくことを、今の彼は想像すらしたくない……が、薄々気付いているのだった。
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