月下氷華

「……な……旦那! オグマさん!」
「ん……」

 いつの間にか意識を失っていたらしいオグマが目を開けると、飛び込んできたのは鮮やかな緑。
 ホーリーグリーンの髪にクロムイエローの目をした若者、リュナンの心配そうな顔だった。

「ここは……」
「しっかりしてくださいよ。こんな所で寝たら危ないし風邪引いちゃいますって」

 そう言われて周囲を確認すると、よく見知った王都の、人気のない裏路地……空気も、確かに自分が知る世界、アラカルティアのものだ。

(精霊を、マナを感じる……)

 いつも傍にいる氷の大精霊も、今ははっきりと気配を感じる。
 ちゃんと帰ってきたんだな、と内心で呟いた。

「急にいなくなって、見つけたと思ったら座り込んで眠ってて……どうしたんですか」
「二ヶ月も?」
「何言ってるんですか、ついほんのさっきですよ」

 どうやら時間はそれほど経っていないらしい。
 まさかそのほんのちょっとの間に自分が異世界に迷いこんでいただなんて、目の前の青年に話しても信じては貰えないだろう。

 でも、とりあえずは。

「……ただいま」
「へっ? お、おかえりなさい……」

 青年の手をとり立ち上がると、オグマはにっこり笑う。

 もうあの世界に行くことはないのだろうか、それはわからないが……

(ロキシー殿の傍を飛び回っていた光の狼、彼もファングの仲間だったのだろうか……)

 もし“次”があったなら、今度は話しかけてみようか。
 そんなことを考え、オグマはくすくすと笑う。


……ちなみに。

 元の世界に帰ってからしばらく、オグマが放つ氷の魔術が異様にパワーアップしていたのだが、

「す、すごい……どうしたんですか?」
「う、うん……どうしたん、だろうな……」

 まさか意識を失っていた間に、氷の魔獣であるファングに魔力を口移しされた影響だとは知る由もなく。

「……顔、赤いですよ」
「ど、どうしてだろうな……」

 それでもうっすらと感覚が残っていたのか、無意識に唇に手を置いたオグマが赤面する。

 その真相を知る者は、時空の壁の遥か向こうにいる“友人”のみであった。
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