その他SS
俺はもしかしたら前世でとてつもない大罪を犯してしまっていたのではないだろうか?
その前世というのがついさっき事故で呆気なく人生の幕を閉じた、どこにでもいる平凡なアラフォー会社員のおっさんだったんだが、いわゆる異世界転生というものをしてしまったらしい。
そして転生先は……現在宿屋の一室にある大きな鏡の前で途方に暮れて立ち尽くすこのイケメンだ。
背中まである長い髪は夜闇の如き黒曜。対して切れ長の瞳は燃えるような紅蓮。どういう訳か片目を隠す前髪が地味に鬱陶しい。
衣装は黒を基調としたこの、なんだ、首はタートルなのに腕は無防備ノースリーブでぴっちりしながらボロボロのマントを羽織ってお前この、寒いのか暑いのかハッキリしろって感じの服装。オマケに右腕にはぐるぐる包帯。
そんな特徴的な風貌の青年を、俺は前世から知っていた。何故ならば……
「中学の頃勢いで書いた小説の主人公のライバルだーーーー!」
ちなみに名前は魔眼の魔剣士ルシフェルナイト。
フルネームはルシフェルナイト・シェン・ナハトノワール。魔が二回も出てきちゃってるし名前の国籍が渋滞しているぞ!
確か主人公より気に入っちゃって設定ゴテゴテくっつけちゃったし、途中からこっち主役みたいになっちゃったんだよなあ……勢い任せの見切り発車でどのみち打ち切りだったけど。
そんな思い出もアラフォーおっさんには遠い記憶の彼方。すっかり忘れたものだと思っていた。
忘れ……忘れさせてほしかったなあ……
なんで転生までしたのに生きてるだけで古傷抉られにゃならんのだ。
黒歴史つつかれまくる人生とか前世で何かやらかしたとしか思えんだろう。
「ルシフェルナイト様っ!」
気が遠くなりかけた俺の耳に、鈴を転がすような声が届く。
亜麻色のサラサラヘアーに蒼穹を映したみたいに澄んだ青の瞳。そして尖った耳は美しき長命種エルフの証。
かつて邪竜の生贄にされそうだったところをルシフェルに救われ、以降ずっと彼を慕ってついて来ている健気な光の巫女、シャナミア……確かそんな設定の、ルシフェル編のヒロインだ。
心を閉ざした孤高の剣士ルシフェルは彼女の優しさに触れ、少しずつ変わっていく……ってやつ。
「シャナミア……淑女が男の部屋に軽率に立ち入るものではない」
「あっ!?」
精一杯ルシフェルっぽく返すと、シャナミアは色白の頬を赤く染めた。
「ご、ごめんなさい。でも私はルシフェルナイト様になら……」
「……じょ、冗談はよせ」
シャナミアは確か十七歳。ルシフェルとは少し歳が離れているくらいでまあアリなんだけど、今のルシフェルの中にはアラフォーおっさんがいる。ぶっちゃけると姪っ子と同じくらいの年頃だ。
「どうしてですかルシフェルナイト様!」
「ごめんなんかめっちゃ居た堪れないから名前連呼しないでくれる!?」
「え?」
「ゴ、ゴホン。あー……長い名前は呼びづらかろう。ルシとかでいい」
「えーと、では……ル、ルシ様……?」
言われるまま呼び方を変えてもらえて、ほっと旨を撫で下ろす。
こんな素直ないい子にアラフォーおっさんが憑依したルシフェルは勿体ないって。安定した収入もなさそうだし。
さて、ルシフェルの旅の道連れはもう一人……もう一本、と呼んだ方がいいだろうか。
『ゲッゲッゲ……朝っぱらからガキとイチャついてンじゃねーよ、魔剣士サマよォ』
ルシフェルの背後から声がする。正確には、背中に携えた剣から。
剣を抜くと、ぐねぐね曲がった黒い刀身のあちこちで無数の目がギョロリと開いてこちらを見た。
「魔剣……」
これが、ルシフェルが魔眼の魔剣士と呼ばれる所以。
彼がうっかり触れてしまった……なんかこの辺の設定ワヤワヤしてたな……この魔剣に呪われて、ルシフェルの体には魔眼が宿り、この魔剣の使い手としてリンクしてしまったのだ。
ルシフェルの右手にぐるぐる巻かれた包帯の下、手のひらには魔に魅入られた証として不気味な魔眼が存在する。
(利き手の手のひらにでっかい目があるの不便だなこれ……すげえ邪魔。剣とか持てなくない?)
手のひらをつついてみるとぶにぶにと瞼の感触がうわなにこれ気持ち悪っ。
『あんま日和ってるとオレサマがオマエのカラダを乗っ取っちまうぞォ?』
「させません。私がいる限り、そんなことは絶対に!」
『……チッ。忌々しい巫女だァ』
……とまぁ、それがこの三人の関係。最初の頃はルシフェルも魔剣の力で暴走したりしたけれど、今はシャナミアのお蔭で安定している。
どうでもいいけど三人とも当時妄想してた声優さんの声まんまなのすげえなあ……俺の喉からイケメンの声がする……
「おい魔剣」
『暗黒剣ダークネスヴァーミリオン様だァ!』
「あんまりうるさいとその目という目にレモン汁ぶっかけるぞ」
『へっ?』
俺はシャナミアに聴こえないよう、こっそりと魔剣に耳打ちした。耳はないけど。
「魔剣が震えて……ルシ様、一体何を……?」
『な、なンだよそのえげつない……オマエ、冷酷だがそういうタイプのアレじゃなかったろ……?』
「残念ながら俺は昨日までの俺じゃない。生まれ変わったのだ」
本当に生まれ変わってるんだから嘘は言っていない。
静かになった魔剣は背中の鞘にきっちり納めた。
「よくわかりませんが……ルシ様、すごい……」
魔剣を一発で黙らせた俺に、シャナミアの熱いまなざしが注がれる。
こんなあちこちに目玉あったらレモン汁は脅威だと思うよ。
『……オマエ、キャラ変わってないか?』
「気の所為だろう。そろそろ行くぞ」
「はい!」
黒歴史なんて言ったけれど、昔の俺が夢中になった世界がここにある。生きて、動いてる。
こうして見ると、愛おしいもんだ。シャナミアも魔剣も、それにルシフェルも。
俺も生きてやろうじゃないか。
作者の俺自身が盛りに盛りまくった設定のお蔭で、超強いんだからな、今の俺。
まあ「弱点とかあった方がルシフェルの悲哀が引き立つ気がする」ってくっつけた余計な設定もあるけど。
(あのとき書きかけだった物語の続きを引き継ぐ、か……うん、悪くない)
こうして俺の……魔眼の魔剣士ルシフェルナイトの物語が再び幕を開けた。
『鬱陶しいヤツはコマギレにしちまえ! オマエの必殺剣……“零式・ブラッディサウザンドスラッシュ”でなァ!』
「ンッグッ……そ、そういうのはナシだナシ!」
「ルシ様、やっぱりちょっと変わりました……?」
これからもちょいちょい古傷は抉られると思うが、まあきっと楽しい旅になるだろう……たぶん。
その前世というのがついさっき事故で呆気なく人生の幕を閉じた、どこにでもいる平凡なアラフォー会社員のおっさんだったんだが、いわゆる異世界転生というものをしてしまったらしい。
そして転生先は……現在宿屋の一室にある大きな鏡の前で途方に暮れて立ち尽くすこのイケメンだ。
背中まである長い髪は夜闇の如き黒曜。対して切れ長の瞳は燃えるような紅蓮。どういう訳か片目を隠す前髪が地味に鬱陶しい。
衣装は黒を基調としたこの、なんだ、首はタートルなのに腕は無防備ノースリーブでぴっちりしながらボロボロのマントを羽織ってお前この、寒いのか暑いのかハッキリしろって感じの服装。オマケに右腕にはぐるぐる包帯。
そんな特徴的な風貌の青年を、俺は前世から知っていた。何故ならば……
「中学の頃勢いで書いた小説の主人公のライバルだーーーー!」
ちなみに名前は魔眼の魔剣士ルシフェルナイト。
フルネームはルシフェルナイト・シェン・ナハトノワール。魔が二回も出てきちゃってるし名前の国籍が渋滞しているぞ!
確か主人公より気に入っちゃって設定ゴテゴテくっつけちゃったし、途中からこっち主役みたいになっちゃったんだよなあ……勢い任せの見切り発車でどのみち打ち切りだったけど。
そんな思い出もアラフォーおっさんには遠い記憶の彼方。すっかり忘れたものだと思っていた。
忘れ……忘れさせてほしかったなあ……
なんで転生までしたのに生きてるだけで古傷抉られにゃならんのだ。
黒歴史つつかれまくる人生とか前世で何かやらかしたとしか思えんだろう。
「ルシフェルナイト様っ!」
気が遠くなりかけた俺の耳に、鈴を転がすような声が届く。
亜麻色のサラサラヘアーに蒼穹を映したみたいに澄んだ青の瞳。そして尖った耳は美しき長命種エルフの証。
かつて邪竜の生贄にされそうだったところをルシフェルに救われ、以降ずっと彼を慕ってついて来ている健気な光の巫女、シャナミア……確かそんな設定の、ルシフェル編のヒロインだ。
心を閉ざした孤高の剣士ルシフェルは彼女の優しさに触れ、少しずつ変わっていく……ってやつ。
「シャナミア……淑女が男の部屋に軽率に立ち入るものではない」
「あっ!?」
精一杯ルシフェルっぽく返すと、シャナミアは色白の頬を赤く染めた。
「ご、ごめんなさい。でも私はルシフェルナイト様になら……」
「……じょ、冗談はよせ」
シャナミアは確か十七歳。ルシフェルとは少し歳が離れているくらいでまあアリなんだけど、今のルシフェルの中にはアラフォーおっさんがいる。ぶっちゃけると姪っ子と同じくらいの年頃だ。
「どうしてですかルシフェルナイト様!」
「ごめんなんかめっちゃ居た堪れないから名前連呼しないでくれる!?」
「え?」
「ゴ、ゴホン。あー……長い名前は呼びづらかろう。ルシとかでいい」
「えーと、では……ル、ルシ様……?」
言われるまま呼び方を変えてもらえて、ほっと旨を撫で下ろす。
こんな素直ないい子にアラフォーおっさんが憑依したルシフェルは勿体ないって。安定した収入もなさそうだし。
さて、ルシフェルの旅の道連れはもう一人……もう一本、と呼んだ方がいいだろうか。
『ゲッゲッゲ……朝っぱらからガキとイチャついてンじゃねーよ、魔剣士サマよォ』
ルシフェルの背後から声がする。正確には、背中に携えた剣から。
剣を抜くと、ぐねぐね曲がった黒い刀身のあちこちで無数の目がギョロリと開いてこちらを見た。
「魔剣……」
これが、ルシフェルが魔眼の魔剣士と呼ばれる所以。
彼がうっかり触れてしまった……なんかこの辺の設定ワヤワヤしてたな……この魔剣に呪われて、ルシフェルの体には魔眼が宿り、この魔剣の使い手としてリンクしてしまったのだ。
ルシフェルの右手にぐるぐる巻かれた包帯の下、手のひらには魔に魅入られた証として不気味な魔眼が存在する。
(利き手の手のひらにでっかい目があるの不便だなこれ……すげえ邪魔。剣とか持てなくない?)
手のひらをつついてみるとぶにぶにと瞼の感触がうわなにこれ気持ち悪っ。
『あんま日和ってるとオレサマがオマエのカラダを乗っ取っちまうぞォ?』
「させません。私がいる限り、そんなことは絶対に!」
『……チッ。忌々しい巫女だァ』
……とまぁ、それがこの三人の関係。最初の頃はルシフェルも魔剣の力で暴走したりしたけれど、今はシャナミアのお蔭で安定している。
どうでもいいけど三人とも当時妄想してた声優さんの声まんまなのすげえなあ……俺の喉からイケメンの声がする……
「おい魔剣」
『暗黒剣ダークネスヴァーミリオン様だァ!』
「あんまりうるさいとその目という目にレモン汁ぶっかけるぞ」
『へっ?』
俺はシャナミアに聴こえないよう、こっそりと魔剣に耳打ちした。耳はないけど。
「魔剣が震えて……ルシ様、一体何を……?」
『な、なンだよそのえげつない……オマエ、冷酷だがそういうタイプのアレじゃなかったろ……?』
「残念ながら俺は昨日までの俺じゃない。生まれ変わったのだ」
本当に生まれ変わってるんだから嘘は言っていない。
静かになった魔剣は背中の鞘にきっちり納めた。
「よくわかりませんが……ルシ様、すごい……」
魔剣を一発で黙らせた俺に、シャナミアの熱いまなざしが注がれる。
こんなあちこちに目玉あったらレモン汁は脅威だと思うよ。
『……オマエ、キャラ変わってないか?』
「気の所為だろう。そろそろ行くぞ」
「はい!」
黒歴史なんて言ったけれど、昔の俺が夢中になった世界がここにある。生きて、動いてる。
こうして見ると、愛おしいもんだ。シャナミアも魔剣も、それにルシフェルも。
俺も生きてやろうじゃないか。
作者の俺自身が盛りに盛りまくった設定のお蔭で、超強いんだからな、今の俺。
まあ「弱点とかあった方がルシフェルの悲哀が引き立つ気がする」ってくっつけた余計な設定もあるけど。
(あのとき書きかけだった物語の続きを引き継ぐ、か……うん、悪くない)
こうして俺の……魔眼の魔剣士ルシフェルナイトの物語が再び幕を開けた。
『鬱陶しいヤツはコマギレにしちまえ! オマエの必殺剣……“零式・ブラッディサウザンドスラッシュ”でなァ!』
「ンッグッ……そ、そういうのはナシだナシ!」
「ルシ様、やっぱりちょっと変わりました……?」
これからもちょいちょい古傷は抉られると思うが、まあきっと楽しい旅になるだろう……たぶん。