月下氷華

 そして翌日、ロキシーの言う満月の次の夜。

「本当に空間に裂け目が……」
「これで本当にオグマが元の世界に帰れるのか?」

 森の奥地、魔力の氷も跡形もなく消えたそこで、宙に開いた怪しげな入口を前にオグマとファングがちらりと情報源の男を振り返る。

「やれやれ、信用がないな。わざわざ自らの身をもって試してきたというのに」
「……まあいいや。オグマ、もし変なところに出たらすぐ戻ってくるんだぞ」
「あ、ああ……」

 白々しいロキシーを軽くスルーするファング。
 こんな光景も、二ヶ月過ごしたオグマには見慣れたものとなっていた。

……けれども、それもあと僅か。

「……ふたりとも、ありがとう。あの時助けてくれて、右も左もわからないところを親切にしてくれて」
「そうやってすんなり俺たちのこと信じて、危なっかしいな……頼むから、知らない奴に簡単について行くなよ?」
「そういえばそうだったな……ファング達のことは、不思議と危険だと思わなかった」
「根拠がないぞ」
「すまない」

 ふふ、と笑いあって、直後に視線がかち合って。

「また、会えるような気がする」
「そうだな。俺もなんだかそう思うよ」

 それじゃあ『また』……そんな台詞が、別れの挨拶となった。

 オグマが時空の裂け目へ飛び込み、完全にこの世界から姿を消しても、ファングはしばらくその門を見つめていた。

「麗しい友情、だな」
「茶化すなよ……」
「私は本気だ。それに、君もやけに積極的に深入りしたと思ってな」

 ロキシーがそう言うと、ファングはアイスブルーの目をそっと伏せる。

「似てるんだよ」
「なに?」
「昔、隣の集落に住んでてたまに遊びに来てくれた友達にな……あれから、会えてないけど」

 故郷の記憶に想いを馳せるファングの事情を知るロキシーは、そうか、とだけ返す。
 異世界の友人が消えた穴は、先程よりも狭まっていた。
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