その他SS
なんということだ。
彼女はその事実に気づいた瞬間、心の中でそう呟いた。
どうやら自分はいわゆる異世界転生というモノをしてしまったらしい……と。
銀色の長く艷やかな髪、スッと筆で引いたような切れ長の紫眼。
鏡を見れば、うっとりするような美形がそこに映っている。
(これは確かに私が遊んでいた乙女ゲーム“わたしの心の勇者さま”……略して“わたゆう”の世界、その登場人物かつ超重要キャラ!)
でも……
「魔王様ー!」
「部屋に入る時はノックしてよもう!」
流行りの悪役令嬢とかならまだよかった。
まあほぼほぼロクな目に遭わないが、ヒロインや周りに意地悪をしなければ良いのだろうから。
けれども鏡に映った“自分”はそもそも性別から前世と違う上に、呪われた出自の忌み子で辺境に追いやられた後にとある悲劇から魔王へと覚醒し、やがて世界の脅威となり、彼自身のルートとトゥルーエンド以外では死が確定するラスボス。
それが今の自分……ヴァレイン・フォン・トレイスだった。
「お、終わった……イケメンだらけのゲームでイケメン側な上に、よりによってラスボス……どうしろっていうのよ……」
ヴァレインルートもトゥルーエンドも二周目以降の要素で、つまり一度は死を迎えることになるが、現実は周回できるゲームではなく今はヴァレインとなった彼女にとって一度きりの人生となる訳で……
ヴァレインは鏡に映る己の姿をまじまじと見つめる。
(魔王覚醒したヴァレインは身体に紋様が浮かび上がる……つまり今はまだ、覚醒はしていない。そうならないようにするためには……)
「支度長ぇなヴァレイン。なに鏡とにらめっこしてんだ?」
「きゃあっ!」
「きゃ……え?」
気配もなく背後に現れた男に覗き込まれ、絹を裂くような悲鳴をあげてしまう未来の魔王。
乙女の着替え中に男がずかずか入ってきたのだからまあ当然の反応なのだが、今の見た目は強そうなイケメンである。
「リクター……お、脅かさないでくれない、か……?」
暴れる心臓の鼓動をおさえ、ヴァレインの口調ってこんなだっけと探りながら背後の男……赤髪金眼の半魔族、幼馴染のリクターを睨む。
「……お前なんで胸隠してるんだ?」
「あっ、えーと……お、お前が急に来るから動転してだな……?」
そうだ今は男同士なんだった、とヴァレインは衣服を正し、怪訝そうな顔のリクターに向き合った。
ヴァレインにとって唯一の友と言える彼は、確か魔王覚醒の引き金となる存在だ。
(記憶が正しければヴァレインはひっそり静かに暮らしていたのに魔王の力を恐れた人達がここに乗り込んできて、リクターはヴァレインを庇って命を落としてしまうのよね。そして怒りと人間への絶望でヴァレインは魔王に……)
攻略対象のイケメンたちほどキラキラしてはおらず、ゲームではヴァレインルート以外出番が少なくそれほど目立たなかったリクターだが、こうやって接する機会が増えると余計に彼に訪れるであろう悲劇を思い胸が痛む。
(こうやってヴァレイン……私の部屋まで気さくに訪ねてくるし、改めて見るといい人っぽいなあ、リクター……)
それなのに殺されたりなんかして……自然とヴァレインの手がリクターに伸び、そして引き寄せる。
「リクター……貴方のことは、私が守るから……!」
「へっ!?」
魔王に覚醒しないためもあるが、やはり誰か、とりわけ身近な人の死は見たくない。
人柄を知ってしまえば尚更で、ヴァレインは小さな子供を守るようにリクターを抱き締める。
「ヴァ、ヴァレイン、なにを……っ」
「あ」
……そして、正気にかえった。
(しまったー! 今の私はイケメン! イケメンがイケメンを優しく抱き締めて囁くこの図は完全に……!)
鏡に映る己の姿、そして腕の中で心なしか頬が赤くなっているリクターを見て現実に引き戻される。
いやこれが見る側としてなら割と美味しいけど、と何かに目覚めかけた自分を内心で引っ叩き、ヴァレインはリクターを放すと咳払いをした。
「……なんでもない」
「なんでもないワケないだろ! どうしたお前、何か変だぞ?」
ああ、奇行に走った上に苦しい誤魔化しをする自分をこんなに心配してくれるなんていい人だなあ……などと胸を熱くするヴァレインの両肩をがっちりと掴み、リクターは真剣な眼差しを向ける。
「その……昔から妙なとこ心配性だからな、お前は。何か悩みがあるなら聞くぜ」
「リクター……」
やっぱり守るわ、この人のこと。
ヴァレインが改めてそう決意を固めたその時……
「魔王様、あの……」
「「あ」」
空気を読まない魔族Aが再びノックをせず部屋に入り、そして異様に距離の近いイケメン二人を目撃する。
「……」
「「…………」」
ばたん。
微妙な間を置いて、ドアは閉められた。
「し、失礼しましたー!」
「もおおノックしてって言ったでしょバカぁぁぁぁ!」
遠ざかっていく声に、ヴァレインは全力で叫ぶ。
その後、ヴァレインとリクターの関係の他に「魔王様は怒るとオネエ口調になるらしい」との噂が流れたとかなんとか。
彼女はその事実に気づいた瞬間、心の中でそう呟いた。
どうやら自分はいわゆる異世界転生というモノをしてしまったらしい……と。
銀色の長く艷やかな髪、スッと筆で引いたような切れ長の紫眼。
鏡を見れば、うっとりするような美形がそこに映っている。
(これは確かに私が遊んでいた乙女ゲーム“わたしの心の勇者さま”……略して“わたゆう”の世界、その登場人物かつ超重要キャラ!)
でも……
「魔王様ー!」
「部屋に入る時はノックしてよもう!」
流行りの悪役令嬢とかならまだよかった。
まあほぼほぼロクな目に遭わないが、ヒロインや周りに意地悪をしなければ良いのだろうから。
けれども鏡に映った“自分”はそもそも性別から前世と違う上に、呪われた出自の忌み子で辺境に追いやられた後にとある悲劇から魔王へと覚醒し、やがて世界の脅威となり、彼自身のルートとトゥルーエンド以外では死が確定するラスボス。
それが今の自分……ヴァレイン・フォン・トレイスだった。
「お、終わった……イケメンだらけのゲームでイケメン側な上に、よりによってラスボス……どうしろっていうのよ……」
ヴァレインルートもトゥルーエンドも二周目以降の要素で、つまり一度は死を迎えることになるが、現実は周回できるゲームではなく今はヴァレインとなった彼女にとって一度きりの人生となる訳で……
ヴァレインは鏡に映る己の姿をまじまじと見つめる。
(魔王覚醒したヴァレインは身体に紋様が浮かび上がる……つまり今はまだ、覚醒はしていない。そうならないようにするためには……)
「支度長ぇなヴァレイン。なに鏡とにらめっこしてんだ?」
「きゃあっ!」
「きゃ……え?」
気配もなく背後に現れた男に覗き込まれ、絹を裂くような悲鳴をあげてしまう未来の魔王。
乙女の着替え中に男がずかずか入ってきたのだからまあ当然の反応なのだが、今の見た目は強そうなイケメンである。
「リクター……お、脅かさないでくれない、か……?」
暴れる心臓の鼓動をおさえ、ヴァレインの口調ってこんなだっけと探りながら背後の男……赤髪金眼の半魔族、幼馴染のリクターを睨む。
「……お前なんで胸隠してるんだ?」
「あっ、えーと……お、お前が急に来るから動転してだな……?」
そうだ今は男同士なんだった、とヴァレインは衣服を正し、怪訝そうな顔のリクターに向き合った。
ヴァレインにとって唯一の友と言える彼は、確か魔王覚醒の引き金となる存在だ。
(記憶が正しければヴァレインはひっそり静かに暮らしていたのに魔王の力を恐れた人達がここに乗り込んできて、リクターはヴァレインを庇って命を落としてしまうのよね。そして怒りと人間への絶望でヴァレインは魔王に……)
攻略対象のイケメンたちほどキラキラしてはおらず、ゲームではヴァレインルート以外出番が少なくそれほど目立たなかったリクターだが、こうやって接する機会が増えると余計に彼に訪れるであろう悲劇を思い胸が痛む。
(こうやってヴァレイン……私の部屋まで気さくに訪ねてくるし、改めて見るといい人っぽいなあ、リクター……)
それなのに殺されたりなんかして……自然とヴァレインの手がリクターに伸び、そして引き寄せる。
「リクター……貴方のことは、私が守るから……!」
「へっ!?」
魔王に覚醒しないためもあるが、やはり誰か、とりわけ身近な人の死は見たくない。
人柄を知ってしまえば尚更で、ヴァレインは小さな子供を守るようにリクターを抱き締める。
「ヴァ、ヴァレイン、なにを……っ」
「あ」
……そして、正気にかえった。
(しまったー! 今の私はイケメン! イケメンがイケメンを優しく抱き締めて囁くこの図は完全に……!)
鏡に映る己の姿、そして腕の中で心なしか頬が赤くなっているリクターを見て現実に引き戻される。
いやこれが見る側としてなら割と美味しいけど、と何かに目覚めかけた自分を内心で引っ叩き、ヴァレインはリクターを放すと咳払いをした。
「……なんでもない」
「なんでもないワケないだろ! どうしたお前、何か変だぞ?」
ああ、奇行に走った上に苦しい誤魔化しをする自分をこんなに心配してくれるなんていい人だなあ……などと胸を熱くするヴァレインの両肩をがっちりと掴み、リクターは真剣な眼差しを向ける。
「その……昔から妙なとこ心配性だからな、お前は。何か悩みがあるなら聞くぜ」
「リクター……」
やっぱり守るわ、この人のこと。
ヴァレインが改めてそう決意を固めたその時……
「魔王様、あの……」
「「あ」」
空気を読まない魔族Aが再びノックをせず部屋に入り、そして異様に距離の近いイケメン二人を目撃する。
「……」
「「…………」」
ばたん。
微妙な間を置いて、ドアは閉められた。
「し、失礼しましたー!」
「もおおノックしてって言ったでしょバカぁぁぁぁ!」
遠ざかっていく声に、ヴァレインは全力で叫ぶ。
その後、ヴァレインとリクターの関係の他に「魔王様は怒るとオネエ口調になるらしい」との噂が流れたとかなんとか。