その他SS
世界の危機に現れる、勇者と呼ばれる英雄の伝説。
そんなおとぎ話に縋るようにして、あるモノを探し求める冒険者がいた。
「ただのおとぎ話じゃなかった……見つけたぞ、ついに……!」
男は感動と興奮に打ち震える。
忘れ去られた遺跡の奥、朽ち果てた天井の穴から射し込む光に照らされたそれは、墓標のように突き立てられた剣だった。
神々しさすら感じられる古ぼけた石の剣……それは物語に伝えられる“聖剣”と同じ形をしていて。
「勇者となる者にしか抜けず、手にした者に合わせて形を変える伝説の聖剣……これを抜く者が、勇者が現れれば、混沌の時代は終わりを告げるかもしれない……やりましたよ、王様!」
と、興奮のあまり男が聖剣の柄に手をかけると、それはあっさりと抜けてしまった。
「……へ?」
そして聖剣はみるみる形を変え、先端に丸みのある物体をくっつけた短い棍棒のようなモノへと姿を変える。
「ぬっ、ぬぬぬ抜けた? 俺が? なんでっ? いや、ていうかなんだこれ!?」
聖剣……もはや剣の形状をしていないそれは手のひらより少し大きい程度、あまりにも小さすぎてとても武器には見えない。
「ヤバい、もしかして俺なんかが触ったから聖剣が使い物にならなくなったんじゃ……?」
慌てた男が聖剣をよく調べると、柄の部分にスイッチらしきモノがあることに気づく。
カチッ。
男は希望に縋るように聖剣のスイッチを入れた。
「なんだこれ?」
なんだこれ?
男の声が増幅されて遺跡内に響き渡る。
「わっ!?」
驚いた声も同様にして増幅され、試しにスイッチを元に戻すとそれは止まる。
「声が大きくなった……これが聖剣の力……?」
でも、何の役に立つんだろう。
途方に暮れた男が肩を落とすと、丸くなった背が淡い光に照らされる。
『いやん、ようやく聖剣を抜く勇者が現れたのね!』
「だ、誰だ?」
『アタシは聖剣の妖精。フェアりんって呼んでちょうだいな』
「はあ、フェアリンさん……?」
ノリが悪いわね、とフェアリンは頬を膨らませる。
妖精と言いながら羽が生えている訳でもなく、少し見上げるくらいの身長に可愛らしい服装から突き出た筋肉質な手足、野太い低音ボイスにツッコむ気力は、今のくたびれた冒険者にはなかった。
「それより助けてください! 俺なんかが触ったせいで聖剣がこんな小さく……!」
『んもう、俺なんかとか言うのナシよ勇者様! アナタはこれから、』
アイドルになるんだから。
フェアリンはそう言ってウインクをキメた。
「アイ、ドル?」
『その“ファッシネイト”はアナタにしか扱えない、れっきとした伝説の聖剣……アナタ、声や歌に自信は?』
「う、歌うことはちょっと好きですけど……」
『アアンそのはにかむ顔! やっぱアンタ素質あるわよォ!』
奇声を発しながら悶えるフェアリンは一体なにをそんなに喜んでいるのだろう……ぼんやり考えていた冒険者の手に、フェアリンの骨張った手がふわりと重ねられた。
『でもそのボロボロの服装はダメね。髪もおヒゲも清潔感ないし。くたびれたオッサンってカンジ』
「こ、ここまで長旅だったんだから仕方ないでしょう。実際くたびれたオッサンだし……」
『もっかいスイッチ入れて、今度は“オン・ステージ”と唱えてご覧なさい?』
無駄に体を添わせながら、ねっとりとした指導が入る。
もしかしてその呪文が聖剣に何らかの変化をもたらすのだろうか……男はダメ元で呪文を唱えた!
「お……オン・ステージっ!」
すると男の全身が光に包まれた。
ボサボサの髪は整えられ、天使のキューティクルを輝かせ、伸び放題だった髭は適度に残されイイ感じの無精髭スタイルに。
肌はツヤツヤ清潔に、服装もすっかり変わってどこの貴族が纏うのだろうか妙に装飾の多い上等な衣装にチェンジした。
「お、俺、えっ……?」
『キャー! イイじゃないイイじゃない!』
変わり果てた己の姿に固まる男に、フェアリンはすかさずどこから出したのか姿見を向ける。
そこにはくたびれたオッサンではなく、爽やかささえ感じられるようなキラキラした男が映っていた。
「これが、俺……」
『そう! 今日からアンタは歌って踊れる勇者アイドルになるのよ!』
「ええー!?」
自分以外の誰か勇者になるべき人間が聖剣を抜いて魔王を打ち倒すものだと思っていた男は、もはや展開について来られていなかった。
「俺はただ王様に聖剣の存在を報告して、それから勇者候補が集まってその中から勇者が……俺は平凡なその他大勢の一人に過ぎなくて……」
『聖剣がアンタに世界を救う素質を見出したんだなら諦めなさい。大丈夫、アンタならやれるわ!』
「歌でどうやって世界を救えと!?」
『何言ってんのよ、歌に種族の垣根はないのよ! 人間だろうが魔族だろうがイイものはイイのッ!』
フェアリンは力説しながら男の胸倉を掴むと、鼻息がかかるほどに迫る。
『アタシがプロデュースしてあげるわ。まずは各地を回って人々に元気を与えて、夢は魔界……魔王城ライヴよ!』
「は、はいぃ!?」
あまりの剣幕に気弱な男が断れるはずもなく……
こうして、なかばなし崩しにアイドル勇者が誕生したのだった。
……ちなみに。
「あの、フェアリンさん……先代の勇者様もこんな風に歌って踊って……?」
『別に聖剣も普通の剣になったしそれで普通に魔王を倒してたわね』
「なんで!?」
なんだかんだ言いつつ地道な旅で人気を集めた勇者が後に人間も魔族も、魔王すら熱狂する魔王城ライヴを成し遂げて世界を救うことになるのだが……
今の彼はまだ、知る由もないのである。
そんなおとぎ話に縋るようにして、あるモノを探し求める冒険者がいた。
「ただのおとぎ話じゃなかった……見つけたぞ、ついに……!」
男は感動と興奮に打ち震える。
忘れ去られた遺跡の奥、朽ち果てた天井の穴から射し込む光に照らされたそれは、墓標のように突き立てられた剣だった。
神々しさすら感じられる古ぼけた石の剣……それは物語に伝えられる“聖剣”と同じ形をしていて。
「勇者となる者にしか抜けず、手にした者に合わせて形を変える伝説の聖剣……これを抜く者が、勇者が現れれば、混沌の時代は終わりを告げるかもしれない……やりましたよ、王様!」
と、興奮のあまり男が聖剣の柄に手をかけると、それはあっさりと抜けてしまった。
「……へ?」
そして聖剣はみるみる形を変え、先端に丸みのある物体をくっつけた短い棍棒のようなモノへと姿を変える。
「ぬっ、ぬぬぬ抜けた? 俺が? なんでっ? いや、ていうかなんだこれ!?」
聖剣……もはや剣の形状をしていないそれは手のひらより少し大きい程度、あまりにも小さすぎてとても武器には見えない。
「ヤバい、もしかして俺なんかが触ったから聖剣が使い物にならなくなったんじゃ……?」
慌てた男が聖剣をよく調べると、柄の部分にスイッチらしきモノがあることに気づく。
カチッ。
男は希望に縋るように聖剣のスイッチを入れた。
「なんだこれ?」
なんだこれ?
男の声が増幅されて遺跡内に響き渡る。
「わっ!?」
驚いた声も同様にして増幅され、試しにスイッチを元に戻すとそれは止まる。
「声が大きくなった……これが聖剣の力……?」
でも、何の役に立つんだろう。
途方に暮れた男が肩を落とすと、丸くなった背が淡い光に照らされる。
『いやん、ようやく聖剣を抜く勇者が現れたのね!』
「だ、誰だ?」
『アタシは聖剣の妖精。フェアりんって呼んでちょうだいな』
「はあ、フェアリンさん……?」
ノリが悪いわね、とフェアリンは頬を膨らませる。
妖精と言いながら羽が生えている訳でもなく、少し見上げるくらいの身長に可愛らしい服装から突き出た筋肉質な手足、野太い低音ボイスにツッコむ気力は、今のくたびれた冒険者にはなかった。
「それより助けてください! 俺なんかが触ったせいで聖剣がこんな小さく……!」
『んもう、俺なんかとか言うのナシよ勇者様! アナタはこれから、』
アイドルになるんだから。
フェアリンはそう言ってウインクをキメた。
「アイ、ドル?」
『その“ファッシネイト”はアナタにしか扱えない、れっきとした伝説の聖剣……アナタ、声や歌に自信は?』
「う、歌うことはちょっと好きですけど……」
『アアンそのはにかむ顔! やっぱアンタ素質あるわよォ!』
奇声を発しながら悶えるフェアリンは一体なにをそんなに喜んでいるのだろう……ぼんやり考えていた冒険者の手に、フェアリンの骨張った手がふわりと重ねられた。
『でもそのボロボロの服装はダメね。髪もおヒゲも清潔感ないし。くたびれたオッサンってカンジ』
「こ、ここまで長旅だったんだから仕方ないでしょう。実際くたびれたオッサンだし……」
『もっかいスイッチ入れて、今度は“オン・ステージ”と唱えてご覧なさい?』
無駄に体を添わせながら、ねっとりとした指導が入る。
もしかしてその呪文が聖剣に何らかの変化をもたらすのだろうか……男はダメ元で呪文を唱えた!
「お……オン・ステージっ!」
すると男の全身が光に包まれた。
ボサボサの髪は整えられ、天使のキューティクルを輝かせ、伸び放題だった髭は適度に残されイイ感じの無精髭スタイルに。
肌はツヤツヤ清潔に、服装もすっかり変わってどこの貴族が纏うのだろうか妙に装飾の多い上等な衣装にチェンジした。
「お、俺、えっ……?」
『キャー! イイじゃないイイじゃない!』
変わり果てた己の姿に固まる男に、フェアリンはすかさずどこから出したのか姿見を向ける。
そこにはくたびれたオッサンではなく、爽やかささえ感じられるようなキラキラした男が映っていた。
「これが、俺……」
『そう! 今日からアンタは歌って踊れる勇者アイドルになるのよ!』
「ええー!?」
自分以外の誰か勇者になるべき人間が聖剣を抜いて魔王を打ち倒すものだと思っていた男は、もはや展開について来られていなかった。
「俺はただ王様に聖剣の存在を報告して、それから勇者候補が集まってその中から勇者が……俺は平凡なその他大勢の一人に過ぎなくて……」
『聖剣がアンタに世界を救う素質を見出したんだなら諦めなさい。大丈夫、アンタならやれるわ!』
「歌でどうやって世界を救えと!?」
『何言ってんのよ、歌に種族の垣根はないのよ! 人間だろうが魔族だろうがイイものはイイのッ!』
フェアリンは力説しながら男の胸倉を掴むと、鼻息がかかるほどに迫る。
『アタシがプロデュースしてあげるわ。まずは各地を回って人々に元気を与えて、夢は魔界……魔王城ライヴよ!』
「は、はいぃ!?」
あまりの剣幕に気弱な男が断れるはずもなく……
こうして、なかばなし崩しにアイドル勇者が誕生したのだった。
……ちなみに。
「あの、フェアリンさん……先代の勇者様もこんな風に歌って踊って……?」
『別に聖剣も普通の剣になったしそれで普通に魔王を倒してたわね』
「なんで!?」
なんだかんだ言いつつ地道な旅で人気を集めた勇者が後に人間も魔族も、魔王すら熱狂する魔王城ライヴを成し遂げて世界を救うことになるのだが……
今の彼はまだ、知る由もないのである。