その他SS

『元魔王アーベント。貴方を次の勇者に任命します』
「…………はい?」
『そして“これ”が次の魔王です』
「はあぁ!?」

 魔界の隅にある元魔王の暮らす屋敷。
 いきなり現れた女神は人間らしき赤子を抱え、そう言った。

「お前は人間界を守護する女神だよな? 百年前に勇者をけしかけてきた……」
『まあ、けしかけるだなんて。人間界を守るためには仕方のないことですわ』
「負けた俺はこうしておとなしく隠居してるのに、言うに事欠いて勇者になれだぁ? 知るか。人間界のことは人間に頼めよ!」

 そう。
 魔王アーベントは過去に人間界を侵略しようとしたが、勇者によって倒されている。
 その時受けた傷跡は百年経っても顔や体に残っており、頭に生えた立派な一対のツノも、今は片方が惨めに折れたままだ。
 心から何からポッキリ折られた彼はすっかり懲りて静かな隠居生活を送っていた……はずだった。

『人間ではこの子を守りきれないからです』
「なに?」
『この子は人間ですがその身に魔王たり得る力を宿してしまいました。そして強すぎる力は悲劇を生む……人間界にこの子の居場所はありません』

 悲劇と聞いてアーベントがごくりと喉を鳴らした。
 長き時を生きる彼からしたら女神に抱えられて眠る幼子がこれまで生きた時間など、ほんの瞬く間のようなものだろうに。

『今はまだ指先ひとつで大岩を破壊してしまったぐらいですが』
「それでもだいぶドン引き案件だがそんな人間を俺の前に連れてきたということは」
『魔王ならば多少は頑丈でしょう?』
「魔王にも人権はあるよな!?」

 女神は子供を魔王に預けると、両手をスッと動かして何かを横に置く動きをしてみせた。

『それはともかく力のコントロールも覚束ないこの子が人間界で暮らせば、魔王覚醒まっしぐらなのです。大事な人を弾みで傷つけて覚醒、危険人物として迫害を受けて覚醒……そんな子を一生安全に暮らせるよう見守るなんて、人間には無理ですわ』
「うぐ、確かに……」

 基本的に人間は脆く、魔王を倒すほどの力を持った勇者でさえ、ほんの百年そこらの寿命には逆らえない。
 ようはこの子供の命が終わるまで傍にいられて、万が一暴走することがあってもその力を受け止められるだけの者が必要なのだと女神は言う。

『その点貴方なら丈夫で長持ち……じゃなかった、この子の力に耐えられる強さと、人間とは比べものにならない長い寿命でこれ以上ない適任なのです』
「丈夫で長持ちっつったな今」
『貴方ならたとえ体の半分を消し飛ばされてもこの子に優しく笑いかけて不安を取り除いてくれるでしょう? 大丈夫、怖くないよ……なーんて』
「怖いわ! さすがの魔王も痛いモンは痛いが!?」

 受け取ってしまった子供をどうしたらいいのかわからず抱えたまま、魔王は必死に抗議した。
 だってこの子を受け入れたが最後、平穏な隠居生活はたちまち毎日がデッド・オア・アライブと化すのだから。

『とはいえこの子の魔王覚醒即ち人間界も魔界も終了ですからねえ。貴方の穏やか余生も強制終了ですよ?』
「う……でも俺、いきなり子育てとか……」

 数百年生きた元魔王は目の前の小さな命に思わずたじろぐ。
 やわらかくあたたかなそれはじんわりとアーベントの肌に染み込んでいくようで……

 自分に身を預けきって眠る子に、不覚にもキュンとしてしまった。

『大丈夫、初めは皆未経験から始まるのですよ! 勇者アーベント、貴方の働きに期待します!』

 好感触と受け取った女神は『ガンバ☆』と言い残してどこかへと消えてしまう。

 子供は依然、元魔王の腕の中。

「逃げたーーーー!?」

 勝手に勇者に任命されて、危険な子供を押しつけられて、このまま一生面倒を見ろだなんて冗談じゃない。
 ふざけるな、と恨めしげに子供を見下ろすアーベントだったが……

「ふふ、えへへぇ」
「……な、なんだよコイツ……寝ながら笑ってやがる」

 この子供には何の罪もない。

 無垢な子供の蕩ける笑顔に毒気を抜かれた彼は、盛大に溜息を吐いた。

「ああ、くそっ……とりあえずハーピーかネレイドあたりにガキの扱い方を聞いてみるか……世界滅ぼされちゃスローライフも何もないからな。いいか、仕方なくだぞ!?」

――――これは、歴史に語られることなく世界を救った、元魔王の勇者の物語。

「なあなあアーベント、どうしてなんだかんだ文句言いながら世話焼いてくれるんだ?」
「し、仕方なくだっ」
「へへ、そっか。ところでこのスープうまいな。おかわり!」
「……ふん、野菜も食えよ」

 その後彼らはなんやかんやで魔界の名物親子となり、末永く幸せに賑やかに暮らすのだが……それはまた、別のお話。
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