その他SS

 幼き日、人間の街で迷子になったことがあった。
 右も左も行き交う人間、小さな子供だった自分にはそれが妙に恐ろしく、心をざわつかせるもので。

「君、どこの子?」

 そこで自分を呼び止めたのは、同じくらいの年頃の子供だった。

「ねえ、君、ひとり? 迷子になったの?」
「……うるさい」
「ひとりじゃ怖いよね。いっしょにあそぼ!」
「こら、引っ張るな!」

 その子供は私の手を引いて、広場へと連れ出した。
 そうして日が暮れるまで、私の迎えが来るまで……そいつはずっと私のそばにいた。


――そんなことも、あった。


「来たか、勇者」
「魔王……」

 成長した私は、魔界の王……人間の敵になっていた。

 魔界に輝く大きな星、魔王。

 そして目の前にいる若者は“勇者”……魔王と共に預言に記された、魔界の星を墜とす者。

 ふたつの星はぶつかり合うさだめだ。
 どちらかが砕け散るまで……

「……ねえ、君、ひとり?」
「なに?」
「ひとりじゃ怖いよね」

 人懐こい、鬱陶しい笑顔。
 どうしてそんなものを私に向けるのだ。

「やっぱり、あの時の迷子だ」
「いっ……いつの話をしている!」
「いやー懐かしいな。ちゃんと帰れて良かったねえ」
「こ、こら、放せ!」

 ひとの話を全く聞かない勇者は私の手を掴むと、あの時のようにぐいと引く。
 瞬間、胸の奥に押し込めていた記憶が、再び鮮やかに色づいた。

「迎えに来たよ」

 ああ、もしかしたら、私は……

「……現れるなら、もっと早く現れろ、ばか」

 この日、ありふれた勇者と魔王の物語から、ふたつの星が姿を消す。

 筋書きからはぐれた星は何処の空へ行ったのか……それはまた、別の物語。
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