転生勇姫・SS

――――その日、元勇者と魔王の心がひとつになった。

「勇者よ、ここはひとつ手を組まぬか?」
「奇遇だなマオたん。俺も同じことを考えていた」

 目の前には、予防接種の日付を報せるポスター。
 予防接種というとアレだ……お子様ギャン泣きのチクッとするアレ……

「やだやだ! 注射なんて痛いのやだあ!」

 そう、一度の生涯を終え、いい大人の精神を繰り越して持ってきた俺だが……実は注射が怖いのである。
 だがポスターを前に顔を引き攣らせるマオルーグの変化に俺は気づいてしまった。

 どうやらかつての宿敵、前世は魔界を統べる魔王のこいつも同様に注射が苦手のようだ。

「数多の戦いを潜り抜けた伝説の勇者が聞いて呆れるな……針が刺す一瞬など、刃と刃のぶつかり合いで受ける傷に比べたら些細も些細だろうに」
「それとこれとは話が別なんですぅー! ていうかなんだよマオたんだって明らかに嫌そうに顔歪めたろ!」

 俺は見逃さなかったんだからな、と指摘してやると途端に図星で赤面する元魔王。

「なっ、違うわ! 我は貴様のように針が怖い訳ではない!」
「じゃあなんだよ?」
「我はっ……我は、あの針から得体の知れぬ液体が体内に入れられるのが、なんというか、無理というかだな……ほら、そういう毒針を持った魔物とかいただろう……?」

 苦し紛れか本気かはともかく、結局怖いのは同じじゃねーか!

「うわ、ていうかそう言われたら余計怖くなってきた……」
「であろう? なればやはり、予防接種の日の間、姿をくらませるが得策……」

 と、ものすごく規模の小さい悪巧みをしていたその時だった。

「見つけましたよ、ユーシア様」
「げ、ファイ……それにスカルグも……」

 あっ、悪巧み終了のおしらせですねー……

「おい勇者、この我らの行動パターンが筒抜けな感じ、もしや……」
「……姫様の脱走は毎年のことでしたが、まさかマオルーグ殿まで加担しようなんて……」
「やはり貴様常習犯か! お陰で我までっ……」

 はい、いつも抵抗しまくる俺を連れ戻しに来るふたりですよっと。

「マオルーグ殿、あの……いえ、どなたにでも怖いもののひとつやふたつあるのはわかりますが、貴方がそれで逃げ出すような方だとは……」
「うぐっ、ス、ストレートに落胆の表情をするな! さすがに傷つく!」
「ユーシア様も、仲間を見つけたからってマオルーグさんを巻き込まない!」
「はーい……」

 こうして今年も凄まじい悲鳴がリンネの城に響き渡る。
 今年からは悲鳴ひとり分追加……かと思ったが、どうやら元魔王は呻いたり唸ったり全力で睨んだりする方のタイプだったようだ。

 ま、何したって予防接種は行われるんだけどな。
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