ジェノワーズとシュゼット

 三十四年生きてきて、たぶん初めてかもしれない……デートなんて、いやデートじゃないけど。
 任務は任務、そこは割り切ってるしまだお付き合いを承諾したワケじゃないわよ!
 けど、あんまりにもしょんぼりした顔だったから……そんなんじゃ任務に支障が出るじゃない。

「シュゼット……デートって、それじゃあ告白の返事は、」
「ちょっ、ストップ! こんな狭い中で迫らないで!」

 なにこの子、こんなに鼻息荒い子だったの!?
 ていうか、竜騎車は揺れるんだからおとなしくしててよ!

「……あのさあ、もっかい確認するけど、ホンっっっトーにあたしなんかで……」
「くどいな。今更だろ。もっかい言うけど俺、それなりにモテるからな? その上でアンタがいいって言ってんだ」

 間髪入れずに返ってきたのはそんな答えで。
 ぐっ、さらっとモテ自慢しおって、この若人は……!

 でも……

「……ごめん」
「へ?」
「あたしはまだ、ちゃんとした返事ができない。考えがぐるぐるしちゃって、自分でもよくわかんない……」

 あたしのがずっとおねーさんなのに、情けないね。
 そう言うとジェノア君は怒るでもなく、静かに首を振った。

「構わねーよ。こっちは十年前から抱えてる感情だけど、そっちに伝えたのはつい数日前だ。結論なんて、すぐには出ないのわかってる……俺だって、ハッキリ自覚するのに時間かかったし」

 それに、ともう一度距離を詰めて青年は笑う。

「……断らないってだけで充分だ。チャンスはあるってことだからな」
「うっ……」

 ち、近い近い近いっ!
 誰よこのイケメンはー!?

「し、仕事中に変なことしたら張っ倒してやるんだからね!」
「そこはわきまえてるよ。アンタの部下だしな」

 だったらいいんだけど……なんか、告白以来雰囲気変わってちょっと怖いのよねぇ、この子。

「なんでこんなおばちゃんなんかに……」
「ん? 言ってほしいのか?」
「はぇ?」

 言うって何を、と尋ねる前に青年は何やら指折り数え始める。

「優しいところ、人をよく見てるところ、笑顔がめちゃめちゃ可愛いところ……」
「にゃっ!? ちょちょ、ちょい待ち!」
「なんだよ、アンタがなんでって言うから答えてんだろ?」

 そうだけど、そうだけどっ……!
 なにこれものすごく恥ずかしいんだけど!

「あとは、ちっこいのがちまちま動いてるのって可愛いよな。つい目で追っちまう」
「あ……あたしゃ小動物か!」
「そんな小動物がとんでもなく強いのもな。悔しいけど、カッコいいとも思ったんだぜ、俺」
「へ?」
「けどアンタがカッコいいのは単純に強いからだけじゃなかった。人々を守るために力を使い、時にはその心に寄り添って……アンタがそんな“騎士”だったからだ」

 今日は雨か槍が降るんじゃないの……?
 そう思うくらいには、嘘みたいに素直になったジェノア君。
 けれども真っ直ぐに見つめてくる綺麗なグリーンの目には、嘘はない……ような気がする。

 ていうか、顔、熱い……

「……照れた顔も可愛いな。好きなとこひとつ追加で」
「ひぇっ!?」

 ま、真顔でなに言ってんのこの子は!
 イケメン君の整った顔を慌てて手で突っぱねると、逃げるようにそっぽを向いた。

「もーやだむり、直視できないぃ!」
「おいおいひでーな。じゃあせめて、移動時間が終わるまで残り全部聞いてくれよ」
「の、残り全部って……?」

 王都からフォンダンシティまでの移動時間は竜騎車でも結構な時間になるんだけど……
 おそるおそる窺うと、イケメン青年はそりゃあもう爽やかな笑顔を浮かべていて、

「もちろん、アンタの好きなところ全部だ!」
「えっ……」

 か、勘弁してよーーーーーーーー!

 その後、移動時間いっぱいとまではいかなかったもののあたしがギブアップするまで相当な語りを聞かされる羽目になり、

「いやぁ、若いっていいねえ」

 なんて、竜騎車を降りる時に御者のおじさんに微笑ましいものを見るようなニコニコ顔を向けられて、

「……次からは二人っきりで遠征任務とか絶対拒否るからね……」
「なんでだよ! 手は出してねーだろ!?」

 長い移動時間のせいだけじゃない疲労感に襲われたあたしは、逆に妙にスッキリした顔の青年をめいっぱい睨むのだった。
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