ジェノワーズとシュゼット

「シューシュっ! おめでとうなのじゃー」

 王都にある小洒落たカフェにて。
 久々に会った友人は、何を聞きつけたのか開口一番にこう言った。

「ミレニア……お、おめでとうって……?」
「年の離れたイケメン青年とのあれやこれや、じゃよっ!」

 ぼっ、と顔に熱が集まった。
 もーヤダ、どうせ旦那から聞いたんでしょ!

「ず、ずいぶん嬉しそうねぇ」
「こうなることをずっと待っとったからのー。いやはや、あのシュシュにもついに春が……」
「へ? ずっと、って……」

 そこであたしは先日のミレニアの言葉を思い出す。
 彼女は確か『いつか恋愛相談する気になったら教えろ』と、こう言っていたのだ。

「知らぬは本人ばかりなり、じゃのう」
「まままま待って、それってジェノア君の事……」

 先日、多少強引な告白をしてきた青年は「ずっとアンタだけを見てきた」と言った。
 そして今のミレニアのセリフを照らし合わせると……

「誰から見てもあんだけ恋の矢印がスケスケで、結局コクられるまで気づかなかったんじゃのー」
「知ってたのぉ!?」

 さらに言えばその口ぶりから気づいているのはこの夫婦だけではない、ということ。

 う、うそでしょ……?

「というワケで約束通り恋愛相談タイムじゃ。あれからどうなんじゃ?」
「どっ、どうなんじゃって、それはその……」

 変わったことはないか、ってことよね?
 告白されてから数日の変わったことねぇ……

「あんなことがあったから最初に顔合わせた時はちょっと緊張したけど、仕事の時はお互いいつも通りだったし……」
「ふむふむ」
「朝は途中でばったり会ってそのまま職場までっていうのもいつものことだし、お昼ごはんはそもそもほぼ毎日食堂で相席になるし、夜もだいたい一緒にごはん……」
「いや待てい!」

 突然ストップをかけられて、何か変なこと言ったかしらとミレニアを見れば彼女はなんだか難しい顔をしていた。

「なによぉ?」
「それ、常からめちゃめちゃ距離詰めて来とるじゃろ。何が『いつものこと』じゃ!」
「えー、だってちっちゃい頃から見てた子よ? 普通に懐いてくれてるんだなーって思うじゃん!」

 そう返したらミレニアは頭を抱えながらテーブルに突っ伏して唸ってしまう。

「ちょっと、ミレニア?」
「手強い……あまりにも手強いのじゃ……」
「なによそれ……そもそも、あんな若くて将来有望なイケメン君が一回りも離れたあたしなんかの所にわざわざ来るワケないじゃないのよぅ……」

 おまけに初対面であたしは彼をぶちのめしてるワケだし。
 いや、実際驚くべきことにそのイケメン君が来たんだけどさ……普通そんなこと考えたりもしないじゃん


「……じゃあ、シュゼットは嫌なのかの?」
「え」

 嫌か、って聞かれても。
 難しい質問に、眉間にめいっぱいシワが寄るのを自分でも感じる。

「良いか? あやつは一歩前に進んだ。おぬしが丸っきりあの若僧を意識していないことも玉砕する可能性も重々承知で、覚悟を決めたのじゃ」
「う……」
「おぬしは、どうなんじゃ?」

 ふざけて面白がっているようでいて、ミレニアの言葉はたまにしっかり真ん中を突いてくる。

「……有耶無耶は、いけないわね。けど……まだ、自分でもよくわかんないのよ」
「そうか。ならそれが今のおぬしの返事じゃな」

 え、でもそれって……

「そんな返事、答えになってないんじゃない?」
「イエスかノーかをハッキリ出せというならのう。じゃが、そんなのすぐには無理に決まっとる」

 特におぬしには、とズバリ言われてしまってあたしは押し黙る。
 ど、どーせ恋愛とは縁遠い人生送ってきましたよーだ!

「……わしらだって、甘さも色気も何もなくただ隣にいるのが心地好いと思ったから互いを選んだんじゃ。その辺はそれぞれじゃよ」

 答えはみんなそれぞれにあるんじゃ、とミレニアは笑う。
 騎士団長の旦那とは特別ラブラブって訳じゃないけど、ものすごく良いコンビに見える。

「ま、あの若僧はラブラブしたいようじゃがの。がんばれー」
「結局それかい!」

 まあ、でも、そうね。
 ちょっとうまいこと丸め込まれた気がしなくもないけど……

「……ありがと、ミレニア」
「ぬふふ、報告楽しみにしとるぞ」

 逃げてばかりいられないのも、紛れもない事実。
 断るにしても、何にしても、ちゃんと向き合わないとね。
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