月下氷華

 オグマはしばらくロキシーの家に世話になることになった。
 ファングやロキシーの仕事を手伝いながら帰る方法を探す、そんな生活が数日続いて。

(舞姫……精霊達の気配も感じない。彼らが魔力と呼ぶモノのお陰で魔術と同様のことはできるが、やはり異世界なんだろうな……)

 ここは自分がいた世界とは違うというオグマの確信はより強くなっていった。
 オグマの扱う魔術は精霊へ呼びかけて力を借りるものだが、ロキシーのそれはただの無機質な形式でしかない。
 そして、魔力と呼ばれるモノにも精霊のような意思や感情は感じられず、ただ言霊により従えられて術を構成する一部になるだけ……当たり前のように精霊を身近に感じていたオグマには、それが不思議で、妙に寂しかった。

……それと、もうひとつ。

「ファング……彼らは、キマイラといったか」
「ああ」

 今日は依頼された魔物退治の手伝いに、ファングと共に洞窟に来ていた。
 そこには洞窟に住み着き、ヒトも本来洞窟で暮らす獣や魔物すらも襲う凶悪な化物がいて、足を踏み入れるなり飛び掛かってきた。
 ふたりの力で危うげなく倒すことはできたものの、何種類かの生物が混ざった異形の姿は、オグマの目には……

「……哀しいな」
「オグマ……」

 キマイラの成り立ちについて詳しく聞かされた訳ではないが、理性も見境もなく疎まれる存在が倒されて物言わぬ骸となって転がる光景、目を見開き絶命した最期の顔に胸が苦しくなる。
 ぎゅ、と胸元に置いた手に力をこめ、目を閉じると魔術によって凍りついたキマイラ達の体が光になり、霧散した。

(これは……オグマの力、か?)

 驚きにアイスブルーの目が大きく開かれたことは気づかず、オグマは護身用の短刀を収めた。

「これで最後のようだな。辺りに気配は感じない」
「あ……ああ、そうだな」

 周りに生き残りがいれば、どれだけ己が不利でも襲い掛かってくるのがキマイラの凶暴性だ、とファングが頷く。
 同時に通常の魔物でもこれだけの力の差を目の当たりにすれば、自ら向かってはこないとも説明した。

「……彼らを生み出した者がいるとすれば、なんて残酷なんだろう」

 ぽつり、呟きが零れる。
 弄ばれて歪められた生命は暴れ回り、他を脅かすことしか出来ない。
 自分の知る“化物”と似通った部分もあるが、明らかに違うのは……声。

「キマイラの声が、悲痛な叫びに聴こえる時がある……苦しんでいるのかもしれない。それなのに、私はなにも、殺めることしか、」
「オグマっ!」

 ぐい、と強く引き寄せられ、オグマの言葉は中断させられた。
 ファングの手が宥めるように優しく、震える背中を撫でている。

「……敏感なんだな、オグマは。この世界を生きるには、優しすぎるのかもしれない」
「ファン、グ……」

 早く帰る方法を見つけないとな。

 そう言って微笑むファングに、何故だか涙がこみ上げてくるような思いだった。
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