ジェノワーズとシュゼット
「「あ」」
王都で生まれ育ったあたしには、城下町で知り合いとばったり会うなんてよくあること。
けれどもそれがついさっき話題にあがったばかりの部下の青年ともなると、ちょっとした偶然を感じずにはいられない。
「ジェノア君、どったの? 今日はお休みでしょ?」
「休みだからその辺ぶらついてんだろ」
何が悪いんだ、とぶっきらぼうに返されてしまってはどうしようもなくて。
いやほら、若者がせっかくの休みに毎日のようにパトロールしてる城下町をわざわざひとりで歩かなくても、さ?
「それにここは大概のもんが揃ってるからわざわざ遠出しなくてもいいだろ」
「そーだけどさー……なんかほら、デートのひとつもしないの?」
「デート……」
一瞬、息を詰まらせる気配。
あんたに好きな人がいるっていう噂は耳にしてるんだからね!
なんて考えていたら、しばらく黙って俯いていたジェノアがスッと顔を上げる。
「……行くって言ったら、付き合ってくれんのか?」
「えー? おばちゃんで良けりゃ……って、え?」
あれ、この子いまなんつった?
「言質とったからな。次の休みにデート行くぞ」
「なっ、ちょっ、え、なに!? おばちゃん耳遠くなったかしら? 今あたしとデートって……え?」
「いい加減黙ってたらいつになるかわかんねーからな。今度こそちゃんと言うわ」
あまりにも突然で混乱するあたしの手を引いて、人気のない路地裏に連れ込む青年。
賑わいが遠ざかっていくのが、逃げ道を塞がれてる心地だった。
「あ、あの、ジェノアくーん……?」
「シュゼット」
背中に当たる壁の感触と、覆い被さる影。
いつの間にかついた身長差で、ジェノアは完全に覗き込む形で見下ろして……こ、これが噂に聞く、壁ドンってやつかしら……?
「俺はずっと、アンタだけを見てきた」
「へ……?」
「だから、俺が好きなのはアンタなんだって!」
「えっ!?」
サラ、と青みがかった黒髪を垂らす、真剣なまなざしのイケメン……なにこの子、こんな子知らないわよ!?
「か、からかわないでよ……だいたい、おばちゃんは一回り以上……」
「関係あるかよ。あとそのおばちゃんっての、似合わねーから」
待って待って、だってこの子は子供の頃から見てた近所の子って感じだし……いや、そもそも……
「そもそもあんた、あたしを目の敵にしてんじゃなかったの?」
「は?」
「何度も何度も挑んできて、いつか倒してやるって……」
「あ、あのなぁ……いつの話だ、そりゃ」
深い深い溜息を吐くと、ジェノアは口を開いた。
「確かに出会った当初は何も知らないガキだったからそういうのもあったけど、そんなのホントに最初の頃だけだって……ああもう、こりゃあずっと意地張ってた俺が悪いな!」
いまだ頭が追いつかず、ぽかんと聞くだけになったあたしに青年の言葉は続く。
「今でも勝負を挑み続けてるのは、アンタに勝ってアンタを守れる男になるためだし……」
「えっ、初耳なんだけど」
「そりゃ言ってないからな」
「なによそれ! そんなんじゃわかるワケないじゃないのよ!」
ていうか、なんか開き直ってない?
「……女っ気のない騎士団で、あたしぐらいしか身近な女性がいなかったから、とか……」
「バカにすんなよ。何度か言い寄られたりしたし、その度に丁重にお断りしてる」
「モテ自慢か!」
「アンタ以外にモテても意味ねーだろ!」
う、え、本気で言ってんの、この子……
「とにかく、これからアンタを本気で口説き落とすからな! 覚悟しておけよ!」
「ひぇっ!」
告白とは思えない剣幕で言い放つと、ジェノアはずんずんと去っていく。
びっくりしたあたしは、誰もいなくなった途端に脱力してその場に座り込んだ。
「うそ、でしょ……?」
顔も、耳も、火が出ちゃいそうに熱い。
こんな宣戦布告、予想もしていなかったから。
(なんで急にこんな……ていうか、覚悟しておけよってどういう意味……?)
呆然とするあたしの脳裏には、ついさっきミレニアに言われた「がんばるんじゃぞー」がこだましていた。
王都で生まれ育ったあたしには、城下町で知り合いとばったり会うなんてよくあること。
けれどもそれがついさっき話題にあがったばかりの部下の青年ともなると、ちょっとした偶然を感じずにはいられない。
「ジェノア君、どったの? 今日はお休みでしょ?」
「休みだからその辺ぶらついてんだろ」
何が悪いんだ、とぶっきらぼうに返されてしまってはどうしようもなくて。
いやほら、若者がせっかくの休みに毎日のようにパトロールしてる城下町をわざわざひとりで歩かなくても、さ?
「それにここは大概のもんが揃ってるからわざわざ遠出しなくてもいいだろ」
「そーだけどさー……なんかほら、デートのひとつもしないの?」
「デート……」
一瞬、息を詰まらせる気配。
あんたに好きな人がいるっていう噂は耳にしてるんだからね!
なんて考えていたら、しばらく黙って俯いていたジェノアがスッと顔を上げる。
「……行くって言ったら、付き合ってくれんのか?」
「えー? おばちゃんで良けりゃ……って、え?」
あれ、この子いまなんつった?
「言質とったからな。次の休みにデート行くぞ」
「なっ、ちょっ、え、なに!? おばちゃん耳遠くなったかしら? 今あたしとデートって……え?」
「いい加減黙ってたらいつになるかわかんねーからな。今度こそちゃんと言うわ」
あまりにも突然で混乱するあたしの手を引いて、人気のない路地裏に連れ込む青年。
賑わいが遠ざかっていくのが、逃げ道を塞がれてる心地だった。
「あ、あの、ジェノアくーん……?」
「シュゼット」
背中に当たる壁の感触と、覆い被さる影。
いつの間にかついた身長差で、ジェノアは完全に覗き込む形で見下ろして……こ、これが噂に聞く、壁ドンってやつかしら……?
「俺はずっと、アンタだけを見てきた」
「へ……?」
「だから、俺が好きなのはアンタなんだって!」
「えっ!?」
サラ、と青みがかった黒髪を垂らす、真剣なまなざしのイケメン……なにこの子、こんな子知らないわよ!?
「か、からかわないでよ……だいたい、おばちゃんは一回り以上……」
「関係あるかよ。あとそのおばちゃんっての、似合わねーから」
待って待って、だってこの子は子供の頃から見てた近所の子って感じだし……いや、そもそも……
「そもそもあんた、あたしを目の敵にしてんじゃなかったの?」
「は?」
「何度も何度も挑んできて、いつか倒してやるって……」
「あ、あのなぁ……いつの話だ、そりゃ」
深い深い溜息を吐くと、ジェノアは口を開いた。
「確かに出会った当初は何も知らないガキだったからそういうのもあったけど、そんなのホントに最初の頃だけだって……ああもう、こりゃあずっと意地張ってた俺が悪いな!」
いまだ頭が追いつかず、ぽかんと聞くだけになったあたしに青年の言葉は続く。
「今でも勝負を挑み続けてるのは、アンタに勝ってアンタを守れる男になるためだし……」
「えっ、初耳なんだけど」
「そりゃ言ってないからな」
「なによそれ! そんなんじゃわかるワケないじゃないのよ!」
ていうか、なんか開き直ってない?
「……女っ気のない騎士団で、あたしぐらいしか身近な女性がいなかったから、とか……」
「バカにすんなよ。何度か言い寄られたりしたし、その度に丁重にお断りしてる」
「モテ自慢か!」
「アンタ以外にモテても意味ねーだろ!」
う、え、本気で言ってんの、この子……
「とにかく、これからアンタを本気で口説き落とすからな! 覚悟しておけよ!」
「ひぇっ!」
告白とは思えない剣幕で言い放つと、ジェノアはずんずんと去っていく。
びっくりしたあたしは、誰もいなくなった途端に脱力してその場に座り込んだ。
「うそ、でしょ……?」
顔も、耳も、火が出ちゃいそうに熱い。
こんな宣戦布告、予想もしていなかったから。
(なんで急にこんな……ていうか、覚悟しておけよってどういう意味……?)
呆然とするあたしの脳裏には、ついさっきミレニアに言われた「がんばるんじゃぞー」がこだましていた。