ジェノワーズとシュゼット

 直球で、好意を素直に表現して……

 デュランダル騎士団長に言われたことが脳内でぐるぐる巡っている中で、次にシュゼットに会ったらどんな顔をして何を言えばいいか考えて。

 今思えば、休日とはいえこの時の俺は緩みきっていた。
 背後に近づく気配にも気づけないほどに……

「ジェノワーズ」
「あ?」

 完全に気の抜けた顔と声で振り向いてしまった俺は早速後悔する羽目になる。

「オ、オグマ隊長にグラッセ隊長……!?」
「なんだ、お化けにでも遭遇したような顔をして」

 同じ髪と目の色によく似た顔立ち、けれども雰囲気は対象的な兄弟みたいな白騎士オグマ隊長と黒騎士グラッセ隊長。
 英雄な上にめちゃめちゃ上司相手に俺はなんつー適当な返事をしてしまったんだ……!

「す、すみません、お二人だとは知らず……!」
「いいんだ、ジェノワーズ。休みだというのに急に声をかけてしまったのはこちらだ」

 おっとり温和なオグマ隊長の後ろでグラッセ隊長が圧をかけてきているのですが……あれ絶対ちょっと拗ねてるよ。

「別に俺も気にしてはいないがな」

 目がそう言ってないんですけど……?

「こら、グラッセ……それで、どうかしたのか?」
「なにがですか?」
「いや……気の所為だったらすまない。何か悩んでいるように見えて」

 澄んだ湖のような片方だけの水浅葱の目は、部下の悩みなんてお見通しみたいだ。
 というか、俺がわかりやすいだけか。

「大したことでは……」
「どうせコイツのことだ。あのシュゼット・シュトーレンにいつ告白するかという話だろう」
「!」
「バレバレなんだよ貴様は。いつも視線があいつを追ってるからな」

 お、俺ってそんなにバレバレか!?
 ここまでわかっているなら隠しても無駄か、と俺は観念して肩を落とした。

「……図星ですよ。さっきデュランダル騎士団長にも言われました」
「ああ、あいつか……どうせ面白がって発破でもかけてきたんだろう?」
「そういうの、団長だけの話じゃありませんしね」

 そうだ、同じ隊の仲間にもよくからかい混じりに言われてた。
 バレてるのはせいぜいその範囲くらいだと思っていたのに……

 なんてあれこれ考えていると、

「ジェノワーズ、ひとつだけ言っておこう」
「はい?」

 グラッセ隊長の表情が真剣なものに変わり、思わず姿勢を正した。

「俺たちは騎士だ。危険な任務にも就く。いつどうなるかわからない身でもある……それは、あのシュゼットも変わらん」

 オグマ隊長もハッと息を呑み、次いで悲しげに目を伏せる。

「……“お前は”後悔をするな」

 かつて、魔物の大量発生により、多くの人が命を落とした……一般人も、騎士も。
 いっとき俺みたいな孤児が増えたのも、大半はそういう理由だ。

(後悔、か……)

 ずしりと響く言葉には、恐らく過去の経験が重なっているのだろう。
 どちらかか、或いは二人ともなのか……

「わかりました。よく覚えておきます」

 何にせよ、今ので決意は固まった。

「ああ、それともうひとつ」
「?」
「フラれた場合はそこのオグマが慰めてやるから、いつでも泣きつきに来い」

 って、早速決意が揺らぐんだけど!

「…………えっ、わ、私?」
「俺じゃ傷口に塩を塗りかねんだろう」
「わ、わかった……いつでも来なさい、ジェノワーズ」

 ちょっとフラれる前提っぽいのが引っかかるけど、隊長たちなりに応援してくれているんだろう。

……いや、フラれてもそれもひとつの結果だ。

「オグマ隊長、グラッセ隊長……ありがとうございます」
「ふん、礼は成功してから言うんだな」
「はい!」

 とにかく、後悔のないように。

 俺は一礼すると、先輩たちの言葉を胸に歩きだした。
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