ジェノワーズとシュゼット

 それは平和な昼下がり、城の廊下をとぼとぼと歩く部下とすれ違ったことから始まった。

「なんだ、お前が元気ないのは珍しいな」
「あっ、団長……それがですねぇ……」

 いつもは向日葵のような笑顔で周囲を明るくするその女騎士は、小柄な体の背中を丸く縮めて困り顔で口を尖らせた。

「あの子が」

 彼女がそう呼ぶのは、だいたい小隊長である彼女の部下の青年騎士のこと。

「あいつがどうした?」
「……好きな人がいるらしいって噂で聞いたんですよ」

 あぶねぇ、噴き出すところだった。

 孤児だったその青年が彼女を追いかけて騎士になった理由、彼が向ける想い……それはもはや騎士団内では周知の事実。

 嫌な予感がしながら続きを聞いてみると……

「なんだかあたしまで嬉しくなって、応援したくなってですね」
「まさか、誰が好きか訊いたのか」
「そしたらすごく怒って、あっち行けって……」

 青年は、こいつに相応しい男になるまでは……と想いをずっと胸に秘めている。
 だから、余計なことを言うのは野暮、なんだが……

「誰か、鏡を持ってこい!」

 その言葉をぐっと飲み込んだオレはよく頑張ったと思う。
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