月下氷華

 それは、気が遠くなるほど離れた、けれども限りなく近い距離。
 さまざまな要素が重なり、幾つもの壁を飛び越え……本来ならば有り得ないはずの出逢いがあった。

「……依頼があったのは、この森の奥か」

 狼のたてがみを連想する黒灰色の髪、冴えたアイスブルーの瞳。
 水色のジャケットにシャツとジーンズというラフな格好で、慣れた足取りで森を行く男は、立ち止まって辺りを警戒した。

「そのようだな。昨晩ここで謎の青白い光が見えたらしい。一瞬強く発光して、すぐ消えてしまったようだが……目撃者も多い」

 その後ろからのっそりと現れる、もうひとりの男。
 こちらは白衣が特徴的で、青い髪の後ろを短い三つ編みにまとめている。
 灰色の目は片方をモノクルで隠し、なんとなく得体が知れない雰囲気を醸し出していた。

「それでなんで俺の後ろにくっついて来たんだ、ロキシー?」
「光の正体が気になりながらも私は所詮か弱い一般人……森の奥に現れたのが恐ろしい魔物だったらひとたまりもないからな。だから君という護衛が必要だったんだ、ファング」

 そんなことをのたまうロキシーに「白衣の悪魔とか呼ばれる歩く怪談が何を……」とは口に出さず、ファングはアイスブルーの目をじとりと細めた。
 と、ファングの皮膚がふいに僅かな空気の冷えを感じ取る。

(魔力による冷気……この感じ、更に奥の方から……)

 弾かれるように緑の奥へと身を滑り込ませ、道なき道を進んでいくファング。

「急にどうしたのかね?」
「ほんとに何がいるかわからない。なんならそこで待っててくれ!」

 言われるまでもなく、ファングが消えた先はただの一般人がついて行くには険しい獣道だったのだが……

「……そういう前フリかね?」

 よっこらせ、と白衣を捲り上げ、ロキシーはその道を見据えて気合いを入れた。
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