アステル編②

 人間界の王に平和への供物同然に魔界へ放り込まれた勇者一族の中でも冴えない地味勇者アステル、十五歳。
 最初こそ最悪の状況だったが、魔界に来てからは魔王ノルフェーンの歓迎を受け、側で骨仮面が目を光らせてはいるもののそれなりに楽しく日々を過ごしている。

 が、ここでひとつ、勇者には気になったことがあった。

(魔王ってたまにすごく無邪気というか純粋というか……子供っぽい?)

 見た目は成人女性、魔王として振る舞う彼女は相応に思えるのだが、たまに見せる素顔らしき姿が一気に幼くなるのだ。

「魔王って何歳なんだろ……やっぱ、魔王っぽく何百歳とかいったりするのかな……」
「七歳だぞ」
「そっか七歳かー……って、えっ」

 ひょこっと現れた本人の口から明かされた年齢に、勇者は彼女を二度見した。

「う、嘘だあ。だってどう見ても俺よりちょっと上くらい……」
「魔王様を貴様のような地味人間の凡庸なものさしではかるな。そもそも『魔王』というものが根本的に他とは違うのだ」

 前回が天井なら、今度は床下から。

 そろそろこの従者どこかに突き出すなり訴えたりした方がいいんじゃないか、とアステルが呆れ顔になる。

「もうつっこむのもめんどくさいからスルーするとして、根本的にって?」
「魔王様はな……魔界の奥地に咲く美しい花から生まれてくるのだ!」

 間。

「……それは魔王が可愛いあまりの妄想とかそういうあれじゃなくて?」
「いや、事実だ。ノルフェーン様だけでなく歴代の魔王達もそうやって開いた花の中から生まれてきた」

 その言葉に偽りがなければ魔王が生まれてくる瞬間とはさぞかしメルヘンな光景なのだろう。

「どんなに厳つくてゴツい魔王も?」
「最初は皆赤子だ。まあすぐに成長してしまうが……だいたい三年から五年で大人の姿になる」
「そっかあ。それはちょっとさびしいなあ」

 と、少し残念そうなアステルの言葉をスカーは聞き逃さなかった。

「貴様みそっカステル! ノルフェーン様の幼女時代が目当てかこの変態め!」
「一瞬でその発想に辿り着けるアンタが変態だぁっ! あとその呼び方定着させんな!」

 聞き捨てならない骨仮面の発言にすぐさま反論する勇者。

「俺が言いたいのは、子供時代を駆け足で通り過ぎちゃうのは思い出もあんまりなさそうでさびしいなってこと!」
「思い出か……確かに、幼い頃のことはあっという間で、あまり思い入れがないな。寂しい……のだろうか」
「ご安心ください魔王様!」

 切れ長の紅玉に陰を落としたノルフェーンに駆け寄ると、スカーは何やら分厚い冊子を取り出し、

「魔王様のミニマム激かわラブリー時代はこのスカーが余すところなく盗さ……アルバムに記録しておきました!」
「やっぱりこいつ通報した方がいいんじゃないか!?」

 アルバムを広げると天使のように可愛らしい女の子……幼き日の魔王ノルフェーンに、全力でメロメロになっている臣下の魔物達もたまに一緒に写っている。

「ちなみにレヴォネ様のアルバムもばっちりと」
「スカーってひょっとしてマニア……魔王マニアなのか……?」

 骨仮面の下から赤い筋……鼻血のようなものがちらりと見え、それさえなければアルバムもほほえましいものだったのに、と勇者は複雑そうな顔をした。

 しかしノルフェーンは気付かず、アルバムを手にとる。

「おお、私もこんなに小さかったのだな。アステル、見てくれ!」
「え、俺? 見ていいの?」
「アステルだから見て欲しいんだ」
「えっ……」

 はしゃぐ魔王と、頬を赤らめる勇者。
 その時、部屋全体に響き渡るほどの盛大な舌打ちが骨仮面から聞こえた。

 まあ、それはさておき。

(うーん……他意はないというか、結婚云々言ってるけどあんまり恋愛とかのちゃんとした知識はないんだろうな……七歳だし)

 急ぎ足で大人になって見せ、魔王として振る舞うようにできていても中身はまだ自分の半分も生きていない……人間の基準なら、写真の中で満開の笑顔を見せる少女と同じくらいの実年齢なのだ。
 全く同じ感覚ではないにしても、やっぱり早いと勇者は思った。

(経験は凝縮して詰め込めない。なんだかんだ、いろんなところがまだ子供だよなあ……)

 これまでの彼女を見ていて、いきなり結婚なんてことにならなくて良かった、と。

 そう改めて感じた勇者の視線に、

「お気を付けください魔王様。奴め魔王様の実年齢を知って興奮しております」
「こーふん?」
「違ぁう!」

 側近は何を察知したのか、すかさず魔王を庇うように立ちはだかるのだった。


第九話『妖精? いいえ、魔王です』
―完―
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