アステル編②
勇者ヘリオスと魔王レヴォネが姿を消した後、次の勇者と魔王は表立って友好関係を築こうとしている。
けれども一歩間違えば……というよりも、こんな事になるなんて予想だにしていなかった勇者アステルからすれば、魔王ノルフェーンと戦う未来もあったかもしれない訳で。
「魔王は強いんだよな?」
「ああ、強いぞ!」
人間界の女子のセンスを学んだという乙女チックな魔王の私室、花が開くような満面の笑顔で答えられ、なんとも言えない気持ちになる勇者。
美人だなんだと言って魔王を拐った叔父ではないが、自分はノルフェーンといざ戦うことになったら、剣を振るえるのだろうか……そう考えてしまうのは、優しく無邪気な彼女の素顔を知ってしまったがゆえか。
と、
「見くびるなよみそっカステル! 魔王様は可憐な見た目と裏腹に貴様ごとき指先ひとつで卒倒させる実力の持ち主なのだ!」
突然天井の一部がパカーンと開き、骨仮面が現れた。
「ゆ、指先ひとつでって……いやみそっカステルって! いやいやどこから出てきた今!?」
ツッコミどころが多すぎてとりあえず順番にいくしかなかった。
「スカーはああやって城内の情報を把握しているのだ。すごいだろう」
「魔王……時には疑うことも必要だぞ?」
ノルフェーンには情報収集を怠らない家臣の鑑に見えているらしいが、アステルからすれば立派な変質者だ。
「覗いたりしてないだろうな……」
「影ながら魔王様を御守りしているだけだ」
それならまず誰から守ったらいいのか、と勇者はスカーにじっとりとした疑いの目を向けた。
「それよりも、だ。アステルは私の力を侮っているのか?」
「え? んー、まあ……転移魔法は来る時に見せて貰ったし、人間界のお城でもなんかすごかったらしいけど……」
むう、と拗ねて子供っぽく頬を膨らませるノルフェーンが、人間界を滅ぼすかもしれない魔王だと言われてもやはりピンとこない。
自然界などの力を借りる魔術ではなく、様々なものを超越した術である魔法が使えることがその証ではあるのだが……
訝しむアステルに、ノルフェーンは身を乗り出してずいっと迫る。
「それだけじゃないぞ。私はまだ二回変身を残しているのだ!」
「さ、最終決戦とかでよくあるやつだ!」
ある程度戦いが長引いて苦しくなると「こうなったら真の姿を……」とか「これだけは使いたくなかったが……」とか「本気で相手してやろう!」とか言って強そうな姿に変身する、なんていうあれは話には聞いたことがあるが……
「ま、魔王様、そのような奥の手を明かしてしまっては……」
「アステルは友人だし戦うことはないだろう? ならば奥の手も見せる日は来ない」
焦る従者に笑いかける彼女がそんな風に変身するのだろうか、などとまじまじと見ていると、
「なんだ、見たいのか? だったら……」
「魔王様!」
今にもあっさり見せてしまいそうな魔王を、すかさず従者が制止する。
「そう易々と変身などっ……ましてや最終形態とは死闘を繰り広げた勇者にのみ見せる秘密の姿、いわば勝負下着のようなもの。簡単に見せてしまうのははしたないですよ!」
「勝負下着!?」
「歴代の魔王様も『恥ずかしいけど、この勇者になら見せてもいいかも……』という気持ちになって初めて最終形態を明かすのです!」
「歴代の勇者そんな心持ちの魔王と戦ってたのかよ!?」
変身までの妙に勿体ぶった流れや演出は、実は魔王の恥じらいだったのかもしれないとかそういう最終決戦はあまりにも嫌すぎる。
「ちなみに第一段階の変身はシャツのボタンをゆっくり外し、するりと脱ぐくらいの感覚だ」
「うわあちょっと色っぽい」
歴代の魔王がノルフェーンのようならそれもアリだがだいたいが見るも恐ろしい厳つい外見をしているという話なのであまり想像はしたくなかった。
「アステルは初めての友達だし、私の初めてをあげてもいいぞ?」
「初めての『変身』だろ! 大事なとこ省略するな!」
「あっ、でも……」
アステルの渾身のツッコミをスルーして、ノルフェーンは自分の体と、それを包む衣服に視線を落とす。
そして……
「変身すると服が破けてしまうな……ちょっとあっちを向いててくれないか?」
もじもじしながら、上目遣いでそう言い出して。
(魔王と戦うことにならなくて、本当に良かった……!)
最終決戦の最中にああ言われたら、どんな顔をしていいかわからなかっただろう。
できることなら彼女の最終形態とやらが、永久に日の目を見ることがないように……慌てて変身を止めながら、アステルはそんなことを考えていたのだった。
第八話『追い詰められると変わるわよ』
―完―
けれども一歩間違えば……というよりも、こんな事になるなんて予想だにしていなかった勇者アステルからすれば、魔王ノルフェーンと戦う未来もあったかもしれない訳で。
「魔王は強いんだよな?」
「ああ、強いぞ!」
人間界の女子のセンスを学んだという乙女チックな魔王の私室、花が開くような満面の笑顔で答えられ、なんとも言えない気持ちになる勇者。
美人だなんだと言って魔王を拐った叔父ではないが、自分はノルフェーンといざ戦うことになったら、剣を振るえるのだろうか……そう考えてしまうのは、優しく無邪気な彼女の素顔を知ってしまったがゆえか。
と、
「見くびるなよみそっカステル! 魔王様は可憐な見た目と裏腹に貴様ごとき指先ひとつで卒倒させる実力の持ち主なのだ!」
突然天井の一部がパカーンと開き、骨仮面が現れた。
「ゆ、指先ひとつでって……いやみそっカステルって! いやいやどこから出てきた今!?」
ツッコミどころが多すぎてとりあえず順番にいくしかなかった。
「スカーはああやって城内の情報を把握しているのだ。すごいだろう」
「魔王……時には疑うことも必要だぞ?」
ノルフェーンには情報収集を怠らない家臣の鑑に見えているらしいが、アステルからすれば立派な変質者だ。
「覗いたりしてないだろうな……」
「影ながら魔王様を御守りしているだけだ」
それならまず誰から守ったらいいのか、と勇者はスカーにじっとりとした疑いの目を向けた。
「それよりも、だ。アステルは私の力を侮っているのか?」
「え? んー、まあ……転移魔法は来る時に見せて貰ったし、人間界のお城でもなんかすごかったらしいけど……」
むう、と拗ねて子供っぽく頬を膨らませるノルフェーンが、人間界を滅ぼすかもしれない魔王だと言われてもやはりピンとこない。
自然界などの力を借りる魔術ではなく、様々なものを超越した術である魔法が使えることがその証ではあるのだが……
訝しむアステルに、ノルフェーンは身を乗り出してずいっと迫る。
「それだけじゃないぞ。私はまだ二回変身を残しているのだ!」
「さ、最終決戦とかでよくあるやつだ!」
ある程度戦いが長引いて苦しくなると「こうなったら真の姿を……」とか「これだけは使いたくなかったが……」とか「本気で相手してやろう!」とか言って強そうな姿に変身する、なんていうあれは話には聞いたことがあるが……
「ま、魔王様、そのような奥の手を明かしてしまっては……」
「アステルは友人だし戦うことはないだろう? ならば奥の手も見せる日は来ない」
焦る従者に笑いかける彼女がそんな風に変身するのだろうか、などとまじまじと見ていると、
「なんだ、見たいのか? だったら……」
「魔王様!」
今にもあっさり見せてしまいそうな魔王を、すかさず従者が制止する。
「そう易々と変身などっ……ましてや最終形態とは死闘を繰り広げた勇者にのみ見せる秘密の姿、いわば勝負下着のようなもの。簡単に見せてしまうのははしたないですよ!」
「勝負下着!?」
「歴代の魔王様も『恥ずかしいけど、この勇者になら見せてもいいかも……』という気持ちになって初めて最終形態を明かすのです!」
「歴代の勇者そんな心持ちの魔王と戦ってたのかよ!?」
変身までの妙に勿体ぶった流れや演出は、実は魔王の恥じらいだったのかもしれないとかそういう最終決戦はあまりにも嫌すぎる。
「ちなみに第一段階の変身はシャツのボタンをゆっくり外し、するりと脱ぐくらいの感覚だ」
「うわあちょっと色っぽい」
歴代の魔王がノルフェーンのようならそれもアリだがだいたいが見るも恐ろしい厳つい外見をしているという話なのであまり想像はしたくなかった。
「アステルは初めての友達だし、私の初めてをあげてもいいぞ?」
「初めての『変身』だろ! 大事なとこ省略するな!」
「あっ、でも……」
アステルの渾身のツッコミをスルーして、ノルフェーンは自分の体と、それを包む衣服に視線を落とす。
そして……
「変身すると服が破けてしまうな……ちょっとあっちを向いててくれないか?」
もじもじしながら、上目遣いでそう言い出して。
(魔王と戦うことにならなくて、本当に良かった……!)
最終決戦の最中にああ言われたら、どんな顔をしていいかわからなかっただろう。
できることなら彼女の最終形態とやらが、永久に日の目を見ることがないように……慌てて変身を止めながら、アステルはそんなことを考えていたのだった。
第八話『追い詰められると変わるわよ』
―完―