ヘリオス編①
勇者ヘリオスに拐われた魔王レヴォネを救い出すため、魔界の外れにある空き家……今は勇者の手で直され、彼の拠点となっているそこまで単身乗り込んで来た魔王の側近スカー。
そんな、誰が主人公で誰が悪役か、ついでに誰がヒロインかもわからないような状況で。
「スカー、まだ扉叩いてるな……そのうち破ってきそうだ……」
「一応結界で出入りは難しくなってるけど、どのみち中に入ったら魔法や魔術は使えないんだ。その時は純粋な実力だけで可愛がってやるよ。仮面の下の素顔も気になるしな」
「に、逃げろスカー! たぶんお前じゃ相手にならん!」
魔界を統べる者である自分すらあっさり連れ去ってしまう勇者に自分の側近が勝てるとは思えない、と魔王は思わず部下の身を案じた。
と、そこでふとある言葉が引っ掛かった。
「待て、出入りは難しいとは……」
「だって外に出たら魔法使えちゃうもん。アンタ城に帰れちゃうだろ?」
「ほぼ軟禁じゃないか!」
魔王を軟禁する勇者とか聞いたことがないぞ、と詰め寄ると、勇者は口笛を吹きつつ目をそらした。
「魔王様ぁぁぁぁぁ御無事ですかぁぁぁぁぁ!」
「と、とりあえず大丈夫だから、これ以上ややこしくなる前にお前は城に戻れ!」
ですが、と主君を仰ぐ忠臣に、魔王は必死になって目で訴えた。
このスカーという男、有能なのはいいが忠誠がたまに行き過ぎるところがあるため、ヘリオスと対すればあらぬ暴走をしかねないのだ。
骸骨の仮面で表情はわからないはずなのに既に背後のオーラが煮えたぎる憤りをあらわにしている。
「スカー、私の命令が聞けないのか」
「う……ぎょ、御意……」
それでもどうにか帰って貰うと、レヴォネは壁に寄り掛かり頭を抱えた。
「……これでよし。頼むから部下には手を出さないでくれ」
「嫉妬?」
「違う!」
この男と話していると、どうしてこう頭痛が止まらなくなるのだろう。
部下が帰らなかったらそれもさらに酷くなりそうで、回避できただけましかもしれないが。
「それで私を軟禁してどうする?」
「どうするとかなにするとか具体的に聞きたい?」
「聞きたくない!」
「と、冗談は半分くらい置いといて」
半分くらい本気なのか、なにをするつもりなのかは敢えて触れず、置いとかなかった方に切り込むのが自分のためだろうと魔王は悟った。
「ようやく本題とやらか」
「と言っても話はシンプルだ。お互いに“勇者”と“魔王”をやめて、ただの“ヘリオス”と“レヴォネ”になって一緒に仲良く楽しく暮らさないかって」
笑顔で差し出された勇者の右手を一瞥し、魔王は素っ気なく顔を背ける。
「……断ると言ったら?」
「断られても俺はもうレヴォネとは戦いたくないな。それに、次に現れる他の勇者にレヴォネが倒されるのも嫌だ」
だからそのためには、一緒にやめるしかないんだとヘリオスが言う。
「どのみち互いに次代はすぐ現れるだろう。少なくとも、魔王になる者はもういる」
「別にそいつらがどうするかはそいつら次第だ。俺は俺達の運命を回避したいの」
それはそれ、これはこれといった感じの勇者の言葉に魔王の尖った耳がぴくりと動く。
「勇者のくせにずいぶんと自分本位で突き放した言いぐさだな……それこそ愛のため、人間界のために戦うのでは?」
「惚れた相手ひとり護れなくて何が愛だ!」
「もっともらしくそれっぽいことを言っているがもう少し相手を選べ!」
実際、身近な大切な人を護れなくて世界を護ることなんか出来るかと言い放った勇者も過去にはいただろう。
けれどもこの男が護りたいと言っているのは、自分や自分の一族以外からは護られる必要がなさそうな、なにせ“魔王”である。
「いやいやみんな魔王の実態を知らないから恐れてるけど直に会ったらこんな美人だしなんか可愛いしとにかく危ないって」
「お前みたいな奴が他にいれば危ないかもな……あと美人とか可愛いとか言うな。心地が悪くてかなわん」
「そう、俺が勇者の使命を放棄しても俺みたいに強い勇者が他に現れてアンタを襲ったら意味がないんだよ!」
言いながら魔王を抱き寄せ、肩やら腰やらやたらと過剰にねっとりしたスキンシップをしてくる勇者。
「俺以外の勇者にアンタがやられたらっ……」
「貴様が言うとみんな意味深に聞こえるぞ寄るな触るな変態!」
「けどアンタ俺より弱いだろ? 普通の勇者相手に倒すか倒されるか程度の強さなら俺の傍を離れる方がよっぽど危ないと思うけどなあ」
ぐさっ。
間違ってはいないのだろうがあまりにもストレート過ぎる勇者の発言は魔王の胸にクリティカルヒットした。
「う、るさい……っ」
じわ、と銀色に縁取られた紅玉の目から、透き通った滴が溢れ出す。
「えっ、な、泣いて……」
「うるさいうるさい! さっきからひとのプライドをぽきぽきぽきぽきへし折ってっ……魔王をやめて貴様といるくらいなら、どこぞの勇者に討たれて死んだ方がましだっ!」
「お、落ち着け! 悪かったって!」
一度糸が切れてしまえば、あとは自分でも止められないのか、立場上恐らく人生で初めて人前で見せるであろう涙はぽろぽろと零れて。
「おいコラ今魔王様が大変なことになっている気配がしたぞ糞勇者あぁぁぁぁ!」
「なんでわかるんだっていうか帰ってなかったのかよ!」
実はまだ近くにいたらしいスカーの遥か下方からの今にも殴りこみに来そうな声に慌ててヘリオスがカーテンを閉める。
ちら、とベッドを振り返ると、いつの間にか逃げてしまった魔王が行き場をなくして布団に隠れてしまっていた。
「参ったなあ……機嫌直してくれよ」
「もう知らん!」
もはや押しても引いても無駄らしく、すっかりヘソを曲げてしまった魔王に肩を落とすと、仕方なく勇者は食事を作りに部屋を出ることにした。
「飯作ってくるから、落ち着いたら食ってくれよな」
次いでドアの音、遠のく足音を聞きながら、
「……だから、なんでそこで優しくなるんだ……」
自らが宿敵である勇者の弱点となったことなど気付かない魔王は、布団から顔だけ出した魔王らしからぬ姿で、複雑な表情で俯くのだった。
第六話『愛だの世界だのの前に』
―完―
そんな、誰が主人公で誰が悪役か、ついでに誰がヒロインかもわからないような状況で。
「スカー、まだ扉叩いてるな……そのうち破ってきそうだ……」
「一応結界で出入りは難しくなってるけど、どのみち中に入ったら魔法や魔術は使えないんだ。その時は純粋な実力だけで可愛がってやるよ。仮面の下の素顔も気になるしな」
「に、逃げろスカー! たぶんお前じゃ相手にならん!」
魔界を統べる者である自分すらあっさり連れ去ってしまう勇者に自分の側近が勝てるとは思えない、と魔王は思わず部下の身を案じた。
と、そこでふとある言葉が引っ掛かった。
「待て、出入りは難しいとは……」
「だって外に出たら魔法使えちゃうもん。アンタ城に帰れちゃうだろ?」
「ほぼ軟禁じゃないか!」
魔王を軟禁する勇者とか聞いたことがないぞ、と詰め寄ると、勇者は口笛を吹きつつ目をそらした。
「魔王様ぁぁぁぁぁ御無事ですかぁぁぁぁぁ!」
「と、とりあえず大丈夫だから、これ以上ややこしくなる前にお前は城に戻れ!」
ですが、と主君を仰ぐ忠臣に、魔王は必死になって目で訴えた。
このスカーという男、有能なのはいいが忠誠がたまに行き過ぎるところがあるため、ヘリオスと対すればあらぬ暴走をしかねないのだ。
骸骨の仮面で表情はわからないはずなのに既に背後のオーラが煮えたぎる憤りをあらわにしている。
「スカー、私の命令が聞けないのか」
「う……ぎょ、御意……」
それでもどうにか帰って貰うと、レヴォネは壁に寄り掛かり頭を抱えた。
「……これでよし。頼むから部下には手を出さないでくれ」
「嫉妬?」
「違う!」
この男と話していると、どうしてこう頭痛が止まらなくなるのだろう。
部下が帰らなかったらそれもさらに酷くなりそうで、回避できただけましかもしれないが。
「それで私を軟禁してどうする?」
「どうするとかなにするとか具体的に聞きたい?」
「聞きたくない!」
「と、冗談は半分くらい置いといて」
半分くらい本気なのか、なにをするつもりなのかは敢えて触れず、置いとかなかった方に切り込むのが自分のためだろうと魔王は悟った。
「ようやく本題とやらか」
「と言っても話はシンプルだ。お互いに“勇者”と“魔王”をやめて、ただの“ヘリオス”と“レヴォネ”になって一緒に仲良く楽しく暮らさないかって」
笑顔で差し出された勇者の右手を一瞥し、魔王は素っ気なく顔を背ける。
「……断ると言ったら?」
「断られても俺はもうレヴォネとは戦いたくないな。それに、次に現れる他の勇者にレヴォネが倒されるのも嫌だ」
だからそのためには、一緒にやめるしかないんだとヘリオスが言う。
「どのみち互いに次代はすぐ現れるだろう。少なくとも、魔王になる者はもういる」
「別にそいつらがどうするかはそいつら次第だ。俺は俺達の運命を回避したいの」
それはそれ、これはこれといった感じの勇者の言葉に魔王の尖った耳がぴくりと動く。
「勇者のくせにずいぶんと自分本位で突き放した言いぐさだな……それこそ愛のため、人間界のために戦うのでは?」
「惚れた相手ひとり護れなくて何が愛だ!」
「もっともらしくそれっぽいことを言っているがもう少し相手を選べ!」
実際、身近な大切な人を護れなくて世界を護ることなんか出来るかと言い放った勇者も過去にはいただろう。
けれどもこの男が護りたいと言っているのは、自分や自分の一族以外からは護られる必要がなさそうな、なにせ“魔王”である。
「いやいやみんな魔王の実態を知らないから恐れてるけど直に会ったらこんな美人だしなんか可愛いしとにかく危ないって」
「お前みたいな奴が他にいれば危ないかもな……あと美人とか可愛いとか言うな。心地が悪くてかなわん」
「そう、俺が勇者の使命を放棄しても俺みたいに強い勇者が他に現れてアンタを襲ったら意味がないんだよ!」
言いながら魔王を抱き寄せ、肩やら腰やらやたらと過剰にねっとりしたスキンシップをしてくる勇者。
「俺以外の勇者にアンタがやられたらっ……」
「貴様が言うとみんな意味深に聞こえるぞ寄るな触るな変態!」
「けどアンタ俺より弱いだろ? 普通の勇者相手に倒すか倒されるか程度の強さなら俺の傍を離れる方がよっぽど危ないと思うけどなあ」
ぐさっ。
間違ってはいないのだろうがあまりにもストレート過ぎる勇者の発言は魔王の胸にクリティカルヒットした。
「う、るさい……っ」
じわ、と銀色に縁取られた紅玉の目から、透き通った滴が溢れ出す。
「えっ、な、泣いて……」
「うるさいうるさい! さっきからひとのプライドをぽきぽきぽきぽきへし折ってっ……魔王をやめて貴様といるくらいなら、どこぞの勇者に討たれて死んだ方がましだっ!」
「お、落ち着け! 悪かったって!」
一度糸が切れてしまえば、あとは自分でも止められないのか、立場上恐らく人生で初めて人前で見せるであろう涙はぽろぽろと零れて。
「おいコラ今魔王様が大変なことになっている気配がしたぞ糞勇者あぁぁぁぁ!」
「なんでわかるんだっていうか帰ってなかったのかよ!」
実はまだ近くにいたらしいスカーの遥か下方からの今にも殴りこみに来そうな声に慌ててヘリオスがカーテンを閉める。
ちら、とベッドを振り返ると、いつの間にか逃げてしまった魔王が行き場をなくして布団に隠れてしまっていた。
「参ったなあ……機嫌直してくれよ」
「もう知らん!」
もはや押しても引いても無駄らしく、すっかりヘソを曲げてしまった魔王に肩を落とすと、仕方なく勇者は食事を作りに部屋を出ることにした。
「飯作ってくるから、落ち着いたら食ってくれよな」
次いでドアの音、遠のく足音を聞きながら、
「……だから、なんでそこで優しくなるんだ……」
自らが宿敵である勇者の弱点となったことなど気付かない魔王は、布団から顔だけ出した魔王らしからぬ姿で、複雑な表情で俯くのだった。
第六話『愛だの世界だのの前に』
―完―