ヘリオス編①
「……そういえば、ここはどこだ?」
窓から見えるどんよりとした空と、荒れた海。
勇者ヘリオスに連れ去られた魔王レヴォネは、ここが自分の城ほどではないが魔界にあってそこそこ立派な屋敷であることに気付いた。
「俺達の愛の巣♪」
「真面目に答えろ馬鹿者が。魔界なのはわかったがどこなんだ」
「魔界の端っこ、誰も寄り付かない寂れた土地にある空き家を直して使ってる。ボロッボロだったけど劇的にビフォーがアフターになったぞ!」
元の様子は知らないが言葉通りならぼろぼろだったと言われても信じられないくらい綺麗にしっかりと直されている。
「なんでそう無駄に万能なんだ……」
「勇者だから?」
「はん、勇者など辞めてもいくらでも仕事がありそうだな」
めいっぱい皮肉を含んでやると、勇者はポンと手を打ち、
「そうだな。勇者を辞めてしまえば魔王を倒さなくて良くなるし、なにか商売でもして幸せに暮らせるな!」
「なんでそうなる!」
やはり話が通じないようで、魔王の頭痛を誘った。
「……だいたい、そうしたら魔王を倒す者がいなくなるぞ。私が居なくなっても、いずれ次の魔王が現れるだろう」
「大丈夫だ。勇者一族割と子沢山であちこち分かれてけっこういるからな!」
「ありがたみがない……」
その“けっこういる”勇者一族は皆、このヘリオスのような無茶苦茶な奴ばかりなのだろうかと考えたレヴォネの脳裏によぎったのは「一匹見たら勇者三十匹」という、さすがにそこまでではないと信じたい、悪夢のような言葉だった。
「まあでも勇者を辞めて、っていうのが本題なんだけど」
「はあ?」
「勇者と魔王が戦いをやめれば、少なくとも次が現れるまでは平和になるだろ。最初からそのつもりで来てみたら、ものすごい別嬪さんでいつ拐おうかどうやって拐おうかって口許緩みそうになるし」
「そんな事を考えながら戦っていたのか!?」
激闘の最中にそんな余裕があったのだとしたら、この男は自分よりよっぽど強いのではないか。
その男に捕らわれて魔法も使えない状況というのが、魔王にはとんでもなく絶望的に思えてきた。
「……目眩がしてきたぞ」
「大丈夫か? 飯作ってくるからもう少し横になってろよ」
「ええい優しくするな!」
魔法を封じられたからといってここまで嘗められているのはそれなりの理由がある……考える度に情けなくなってきた魔王は逃げるように布団で顔を隠す。
「くそっ、殺すならさっさと殺せ!」
「な、泣くなよ! 殺さないし!」
「泣いてなどいない!」
食事を作ろうと部屋を出かけた勇者は、溜め息を吐くとベッドで布団の塊となった魔王の傍に腰掛ける。
「……俺はアンタと直接対峙するまで、アンタの見た目も、名前すら知らなかった。アンタもだろ?」
返事などなくても構わず語りかける勇者の声は優しく、先程までふざけていた者のそれとはまるで違った。
「“勇者”と“魔王”……互いに知っているのは抽象化したそれだけだ。なのに、殺しあう運命っていうのは決められてて、疑問も持たずに俺達は戦った。それって変じゃないか?」
話を聞きながら少しずつ落ち着いてきた魔王は布団から顔を出す。
すると、ずっとこちらを見ていたらしい勇者に微笑まれ、妙に気恥ずかしくなった。
「アンタに惚れたのは事実だけど、運命ってやつに抗ってみたくなった。そのために、戦いから離れて他の邪魔も入らない、こういう場が必要だったんだ」
「……そのために強くなったのか」
「そんなところだ。普通にいけば本題に入る前にぶつかり合ってどちらかが死んじまうからな」
嘗めた態度と思っていたが、魔王相手に手加減できる強さなど、そう簡単に手に入るものではないだろう。
そのために重ねた努力くらいは認めてやってもいいか、と心が傾く魔王だったが……
「ゴルァこの糞勇者ついに見付けたぞ! 魔王様を返せやぁぁぁぁぁ!」
けたたましく扉を叩く音が、静かで穏やかな時間をぶち壊す。
「この声、スカー!?」
「ちっ、思ったより嗅ぎ付けられるのが早かったな」
一転して低く地を這うような声がすぐ隣から聞こえ、びくりと魔王が身を硬直させた。
「ふははははレヴォネはここだ! だがまだ返してやる訳にはいかんなぁ!」
「くっ……この野郎ぉぉぉ!」
二階の窓から身を乗り出し、入口前で扉と格闘していたスカーを見下ろすと悪役さながらの煽りをしてみせる勇者。
構図のせいもあって、その姿は本当に完全に悪役そのもので……
「勇者とは一体何だったのか……」
魔王の疑問に答える者は、誰もいなかった。
第五話『運命と戦うために』
―完―
窓から見えるどんよりとした空と、荒れた海。
勇者ヘリオスに連れ去られた魔王レヴォネは、ここが自分の城ほどではないが魔界にあってそこそこ立派な屋敷であることに気付いた。
「俺達の愛の巣♪」
「真面目に答えろ馬鹿者が。魔界なのはわかったがどこなんだ」
「魔界の端っこ、誰も寄り付かない寂れた土地にある空き家を直して使ってる。ボロッボロだったけど劇的にビフォーがアフターになったぞ!」
元の様子は知らないが言葉通りならぼろぼろだったと言われても信じられないくらい綺麗にしっかりと直されている。
「なんでそう無駄に万能なんだ……」
「勇者だから?」
「はん、勇者など辞めてもいくらでも仕事がありそうだな」
めいっぱい皮肉を含んでやると、勇者はポンと手を打ち、
「そうだな。勇者を辞めてしまえば魔王を倒さなくて良くなるし、なにか商売でもして幸せに暮らせるな!」
「なんでそうなる!」
やはり話が通じないようで、魔王の頭痛を誘った。
「……だいたい、そうしたら魔王を倒す者がいなくなるぞ。私が居なくなっても、いずれ次の魔王が現れるだろう」
「大丈夫だ。勇者一族割と子沢山であちこち分かれてけっこういるからな!」
「ありがたみがない……」
その“けっこういる”勇者一族は皆、このヘリオスのような無茶苦茶な奴ばかりなのだろうかと考えたレヴォネの脳裏によぎったのは「一匹見たら勇者三十匹」という、さすがにそこまでではないと信じたい、悪夢のような言葉だった。
「まあでも勇者を辞めて、っていうのが本題なんだけど」
「はあ?」
「勇者と魔王が戦いをやめれば、少なくとも次が現れるまでは平和になるだろ。最初からそのつもりで来てみたら、ものすごい別嬪さんでいつ拐おうかどうやって拐おうかって口許緩みそうになるし」
「そんな事を考えながら戦っていたのか!?」
激闘の最中にそんな余裕があったのだとしたら、この男は自分よりよっぽど強いのではないか。
その男に捕らわれて魔法も使えない状況というのが、魔王にはとんでもなく絶望的に思えてきた。
「……目眩がしてきたぞ」
「大丈夫か? 飯作ってくるからもう少し横になってろよ」
「ええい優しくするな!」
魔法を封じられたからといってここまで嘗められているのはそれなりの理由がある……考える度に情けなくなってきた魔王は逃げるように布団で顔を隠す。
「くそっ、殺すならさっさと殺せ!」
「な、泣くなよ! 殺さないし!」
「泣いてなどいない!」
食事を作ろうと部屋を出かけた勇者は、溜め息を吐くとベッドで布団の塊となった魔王の傍に腰掛ける。
「……俺はアンタと直接対峙するまで、アンタの見た目も、名前すら知らなかった。アンタもだろ?」
返事などなくても構わず語りかける勇者の声は優しく、先程までふざけていた者のそれとはまるで違った。
「“勇者”と“魔王”……互いに知っているのは抽象化したそれだけだ。なのに、殺しあう運命っていうのは決められてて、疑問も持たずに俺達は戦った。それって変じゃないか?」
話を聞きながら少しずつ落ち着いてきた魔王は布団から顔を出す。
すると、ずっとこちらを見ていたらしい勇者に微笑まれ、妙に気恥ずかしくなった。
「アンタに惚れたのは事実だけど、運命ってやつに抗ってみたくなった。そのために、戦いから離れて他の邪魔も入らない、こういう場が必要だったんだ」
「……そのために強くなったのか」
「そんなところだ。普通にいけば本題に入る前にぶつかり合ってどちらかが死んじまうからな」
嘗めた態度と思っていたが、魔王相手に手加減できる強さなど、そう簡単に手に入るものではないだろう。
そのために重ねた努力くらいは認めてやってもいいか、と心が傾く魔王だったが……
「ゴルァこの糞勇者ついに見付けたぞ! 魔王様を返せやぁぁぁぁぁ!」
けたたましく扉を叩く音が、静かで穏やかな時間をぶち壊す。
「この声、スカー!?」
「ちっ、思ったより嗅ぎ付けられるのが早かったな」
一転して低く地を這うような声がすぐ隣から聞こえ、びくりと魔王が身を硬直させた。
「ふははははレヴォネはここだ! だがまだ返してやる訳にはいかんなぁ!」
「くっ……この野郎ぉぉぉ!」
二階の窓から身を乗り出し、入口前で扉と格闘していたスカーを見下ろすと悪役さながらの煽りをしてみせる勇者。
構図のせいもあって、その姿は本当に完全に悪役そのもので……
「勇者とは一体何だったのか……」
魔王の疑問に答える者は、誰もいなかった。
第五話『運命と戦うために』
―完―