ヘリオス編①

 地味で冴えない少年勇者アステルと美しき魔王ノルフェーンの出会いから少しばかり遡って。
 魔界にある魔の山に、対峙するもう一組の勇者と魔王の姿があった。

「魔王様、ここは私めがっ……!」

 主が出るまでもないとばかりに進み出る側近を、魔王は漆黒のマントの下から伸ばした手で制した。

「よい、スカー。勇者は単身で乗り込んできたのだから、私が直接相手をしよう」
「ですが……」
「わかっているじゃないか、魔王様よぉ」

 あまり整っているとは言えないボサボサの橙の髪に、獣のように鋭くギラギラした碧の瞳。
 逞しい体躯に纏わせた気配が、彼が歴戦を潜り抜けてきた勇者だと物語っていた。

「勇者……死にゆく前に名を聞いておこう」
「ヘリオスだ。そういうアンタは……」

 覇者たる者の余裕か、ゆっくりと前に出た魔王の姿に、勇者は一瞬言葉を失う。
 さらさらと流れるような銀色の長い髪にスッと切れ長な紅玉の瞳、衣服に隠された滑らかな色白の肌。

「レヴォネ……魔王レヴォネだ、勇者ヘリオス」

 人間に近いながら人間離れした美しい容姿の男に、勇者は我知らず、ごくりと喉を鳴らしたのだった。


――――


「ん……うーん」

 やわらかな布団に沈む感触が、疲弊した肉体を優しく包み込む。
 確か自分は勇者と戦って、それから……ぼんやりした頭では、記憶を手繰り寄せるのも緩慢で。

(倦怠感が酷いが体の痛みがほとんどない……これは『回復魔法』か?)

 魔の山が崩れるかと思うような死闘を繰り広げて、互いに深手を負ったはずなのに、どういう訳か己が身にその痕跡がない。
 それがより一層、魔王を混乱させる要素でもあるのだが。

(思い出せ、何があったか……確か勇者に戦いの最中なにやら言われて……)
「お目覚めかい、ハニー?」

 ひゅっ。

 耳元に降ってきた声でぼやけた思考は一気に冷え固まり、魔王の全身を悪寒が襲った。

「なっ、なななっ、ゆ、勇者っ……」
「つれないな、昨日みたいに名前で呼んでくれよ……なあ、レヴォネ?」

 なんだこいつ!

 魔王同様に傷跡ひとつないけろっとした様子で魔王の隣に……どうやらずっと添い寝していたらしい勇者の姿が。

「お、思い出した……私はこの男に連れ去られて……」
「一応ここに来る前に回復はしといたけど思ったよりダメージ受けてたのか、ずっと目覚めなくて心配したぞー」

 そう言いながら銀髪を撫でようとした勇者の手を、魔王は「触るな!」と強く払った。

「美人だのなんだの言って気をそらした隙に不意討ちで昏倒させて誘拐など、それが勇者の所業か! なにが目的だ……金か、魔界の地位か!」
「あのなあ……勇者がそんなモノ欲しがるかよ。言ったろ?」

 こんな美人をこれ以上傷つけたくないって。

 勇者は笑顔で言い放ったが、相手は魔王で、男だ。

「か、髪が長いからだろうか……私の性別はわかりにくかったか?」

 微妙にショックだったのか、魔王は怒ることも忘れて己の髪に視線を落とす。

「いや普通にわかるけど……綺麗だと思ったものは傷つけたくないし、そこに男も女もないだろ」
「むう……変わった奴だな。性別を抜きにしても私は魔王だぞ?」
「勇者ってさ、魔法が使えて魔王や魔物を倒せる強さをもった人間のことだと思ってない?」

 違うのか、と返せば勇者はにっこり笑って、

「それも要素のひとつだけど、何より勇者には愛が必要だと俺は思う!」

 そう、答えた。

「力があっても時や場所、相手も選ばず振り回すのはダメだろう?」
「そんなのこちらでも当たり前の話だ」
「情愛を大切にしたり、困っている人を助けたり、助けられて感謝したりお返ししたり。みんな、みんな愛だ! 勇者とは愛の戦士なんだ!」
「ふむ」
「だから俺は勇者として、性別や立場にかかわらず惚れたら迷わず求愛する!」
「……うん?」

 一拍おいて、魔王は勇者を見上げた。

「そことそこは繋がるのか?」
「勇者とは愛をいくつも持っているのさ!」
「浮気者っぽく聞こえるぞ!」

 ツッコミを入れる魔王の手首を両手でがっしりと掴み、正面から見つめて勇者は一言。

「そういう訳で、惚れたから拐ってきた☆」
「本当に勇者か貴様! もういい転移魔法で帰る!」

 しかし、なにもおこらなかった。

 確かに城に一瞬で帰れる魔法を発動させたはずなのに、と目を白黒させていると、

「あ、ここ魔法も魔術も使えない結界張ったから。俺もアンタも何もできないぞ」
「なん……」
「これからじっくり口説くから、よろしくな♪」

 この男……勇者ヘリオスは話の通じない男だ。

薄々感じていたことだったが、ここにきて確信した魔王レヴォネであった。


第四話『“勇者”と“魔王”が消えた日』
―完―
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