アステル編①
魔王の部屋で魔王(めちゃめちゃ綺麗な女性)に勇者(地味男)が掴みかかっているところを目撃してしまった魔王の側近。
人間のものではないらしい骸骨の仮面を被り、身体もほぼマントで隠した彼はよりによって魔王の知らない所で密かに結成されている魔王様ファンクラブ会員ナンバー一番にして会長という、魔王様命な男であった。
「……人間の、勇者あ?」
「そうだ、スカー。人間界との争いを避けるために私が呼んだ」
スカーと呼ばれた側近は、魔王に宥められ説明を受けるとじろじろと勇者を品定めする。
「ハッ、こんなモテない冴えない地味オブ地味の糞馬糞男がですか?」
「く、くそまぐそって……」
「これが勇者だと言われても、にわかには信じられませんね!」
敵意を隠すつもりもない罵倒じみた言いぐさに勇者は笑顔をひきつらせた。
「だいたい、なにも魔王様が勇者とけっ、けけけ結婚などなさらなくても……互いの貴族や王族同士でも良かったのでは?」
どうやら側近は、魔界と人間界の和解自体に反対している訳ではないらしい……と、ひとつの単語に対する動揺のあらわれでなんとなく勇者は察した。
「直接殺しあうはずの勇者と魔王だからいいのだろう。たとえ反対派に襲われても自力で返り討ちにできるしな!」
「魔王様はそうでも、この小僧はどうでしょう……見たところ、あの忌々しい先代糞勇者、ヘリオスのような存在感や覇気がない。人間の王め、勇者一族の中でもみそっかすを寄越したか」
「また糞って言っ……ヘリオスは俺の叔父さんで、確かに俺なんかと違ってものすごく強かったよ。今はいないけど」
先代の魔王を倒し、姿を消してしまい生死もわからないその男については、もう死んだものだと勇者は思っていた。
が、
「……人間界にはそこまで伝わっていないのだな」
「え?」
魔王と側近がそこで揃って頭を抱える。
「先代魔王……レヴォネは魔の火山でヘリオスと対峙し、死闘を繰り広げたらしい」
「けど、いつまでも続くかと思った戦いの最中……あの野郎はレヴォネ様をあろうことかその場で口説きやがった!」
丁寧につとめていた口調もすっかり乱れ、手にした武器で床を叩く側近。
「く、口説いた……?」
「ああ……『こんな美人をこれ以上傷つけるなんて俺には出来ない。宿命なんて忘れてどっかで楽しく暮らそう』などと言ってな」
「え、けど先代魔王ってたしか男……」
「『勇者とは強さだけでなく愛もなければいけない。運命を感じたなら性別なんてこの際問題じゃない』と言ってレヴォネ様をかっさらってしまったのだ。まったくどちらが魔王だあの頭部下半身男!」
運命を感じたのは勇者と魔王だからではないのだろうか。
けれどもそういった前例があるということは……
「魔王が俺と結婚しようって思ったのって、もしかして……」
「ヘリオスはレヴォネと幸せに暮らしているそうだ。たまに写真と土産が届く」
魔王が差し出した写真にはどこか魔界の観光地らしい所を背景に、銀髪美形の男……恐らく先代魔王のレヴォネと、死んだと思っていた叔父のツーショットが。
肩を引き寄せられてむすっとしつつ満更でもなさそうな先代魔王に、叔父は一体何をしたのだろうと勇者は複雑な顔をした。
「形はどうであれ彼等は和解した。そしてしばらくの間、魔界と人間界で大きないざこざは起きていない」
「だから自分達が結婚して見せればいいなどと、浅はか過ぎます。私情抜きにしても、反対する者は少なくないでしょう」
当人達がそれでおさまっても、魔界と人間界全体で起きた過去の諍いがなかったことになるはずもなく。
互いにつけられた傷跡を、そう簡単に忘れられないのが現実だろう。
「それでもやらなければ始まらない。だから勇者、私と……」
熱っぽく潤んだ瞳で見つめる魔王が身を乗り出すと、大きく開いたドレスの胸元が勇者の視界に飛び込んでくる。
今にもこぼれ落ちそうなそれは、健全な男子である勇者にはとてもじゃないが目の毒だ。
「とっ、友達じゃダメか!?」
勇者は慌てて魔王をかわすと、裏返った声でどうにかそれだけ絞り出した。
「とも、だち?」
「結婚よりはインパクトないかもだけど、俺そもそもまだ結婚できないんだし……」
「友達……」
言葉を覚えたばかりの小鳥のようにしばらくその単語を繰り返し呟くと、魔王は目を輝かせる。
「そういえばそう呼べる者も私にはいなかった……憧れの言葉だ!」
「えっ」
魔王ってひょっとして、ぼっち?
そう口にしかけた勇者の肩を、背後からがっしりと掴む力強い手。
「いいか魔王様は高貴な御身分ゆえ友人として釣り合う者がいなかっただけの話だ従える者なら大勢いる決してぼっちなどではないわかったか」
「……ハイ」
長いセリフを早口で、一息。
地の底を這う声で魔王には聞こえないように囁くと、側近はなに食わぬ顔でぱっと勇者を解放する。
すると反動で二、三歩前によろめいた勇者の手を、今度は魔王がぎゅっと握った。
「なろう、友達に!」
「お、俺なんかで良ければ……」
そこの人が怖いけど、と思いながら横目でみればやはりというか、側近はこちらを恨めしそうに見ながら呪詛らしき言葉をブツブツ唱えている。
「お前が、いいのだ」
「「――っ!」」
きゅん、という音とブチッという音が同時に聞こえた気がした。
「友人なのに勇者だ魔王だというのはおかしいな。私の名はノルフェーンだ。長いから好きに呼んでくれ」
「ノルフェーン……」
ノルフェーン、という名前のやわらかく優しげな響きは彼女にとてもよく似合っていると感じたものの、背後で殺気を放つ男の存在がそれを口にすることを許さなかった。
「あ……俺はアステル。えーっと、じゃあ……」
親しげな愛称などつけようものなら、何をされるか……悩み抜いた勇者の決断は、
「……魔王」
「なんでだ!」
とりあえず、無難なところからいってみることにしたのだった。
第三話『そして“お友達”へ』
―完―
人間のものではないらしい骸骨の仮面を被り、身体もほぼマントで隠した彼はよりによって魔王の知らない所で密かに結成されている魔王様ファンクラブ会員ナンバー一番にして会長という、魔王様命な男であった。
「……人間の、勇者あ?」
「そうだ、スカー。人間界との争いを避けるために私が呼んだ」
スカーと呼ばれた側近は、魔王に宥められ説明を受けるとじろじろと勇者を品定めする。
「ハッ、こんなモテない冴えない地味オブ地味の糞馬糞男がですか?」
「く、くそまぐそって……」
「これが勇者だと言われても、にわかには信じられませんね!」
敵意を隠すつもりもない罵倒じみた言いぐさに勇者は笑顔をひきつらせた。
「だいたい、なにも魔王様が勇者とけっ、けけけ結婚などなさらなくても……互いの貴族や王族同士でも良かったのでは?」
どうやら側近は、魔界と人間界の和解自体に反対している訳ではないらしい……と、ひとつの単語に対する動揺のあらわれでなんとなく勇者は察した。
「直接殺しあうはずの勇者と魔王だからいいのだろう。たとえ反対派に襲われても自力で返り討ちにできるしな!」
「魔王様はそうでも、この小僧はどうでしょう……見たところ、あの忌々しい先代糞勇者、ヘリオスのような存在感や覇気がない。人間の王め、勇者一族の中でもみそっかすを寄越したか」
「また糞って言っ……ヘリオスは俺の叔父さんで、確かに俺なんかと違ってものすごく強かったよ。今はいないけど」
先代の魔王を倒し、姿を消してしまい生死もわからないその男については、もう死んだものだと勇者は思っていた。
が、
「……人間界にはそこまで伝わっていないのだな」
「え?」
魔王と側近がそこで揃って頭を抱える。
「先代魔王……レヴォネは魔の火山でヘリオスと対峙し、死闘を繰り広げたらしい」
「けど、いつまでも続くかと思った戦いの最中……あの野郎はレヴォネ様をあろうことかその場で口説きやがった!」
丁寧につとめていた口調もすっかり乱れ、手にした武器で床を叩く側近。
「く、口説いた……?」
「ああ……『こんな美人をこれ以上傷つけるなんて俺には出来ない。宿命なんて忘れてどっかで楽しく暮らそう』などと言ってな」
「え、けど先代魔王ってたしか男……」
「『勇者とは強さだけでなく愛もなければいけない。運命を感じたなら性別なんてこの際問題じゃない』と言ってレヴォネ様をかっさらってしまったのだ。まったくどちらが魔王だあの頭部下半身男!」
運命を感じたのは勇者と魔王だからではないのだろうか。
けれどもそういった前例があるということは……
「魔王が俺と結婚しようって思ったのって、もしかして……」
「ヘリオスはレヴォネと幸せに暮らしているそうだ。たまに写真と土産が届く」
魔王が差し出した写真にはどこか魔界の観光地らしい所を背景に、銀髪美形の男……恐らく先代魔王のレヴォネと、死んだと思っていた叔父のツーショットが。
肩を引き寄せられてむすっとしつつ満更でもなさそうな先代魔王に、叔父は一体何をしたのだろうと勇者は複雑な顔をした。
「形はどうであれ彼等は和解した。そしてしばらくの間、魔界と人間界で大きないざこざは起きていない」
「だから自分達が結婚して見せればいいなどと、浅はか過ぎます。私情抜きにしても、反対する者は少なくないでしょう」
当人達がそれでおさまっても、魔界と人間界全体で起きた過去の諍いがなかったことになるはずもなく。
互いにつけられた傷跡を、そう簡単に忘れられないのが現実だろう。
「それでもやらなければ始まらない。だから勇者、私と……」
熱っぽく潤んだ瞳で見つめる魔王が身を乗り出すと、大きく開いたドレスの胸元が勇者の視界に飛び込んでくる。
今にもこぼれ落ちそうなそれは、健全な男子である勇者にはとてもじゃないが目の毒だ。
「とっ、友達じゃダメか!?」
勇者は慌てて魔王をかわすと、裏返った声でどうにかそれだけ絞り出した。
「とも、だち?」
「結婚よりはインパクトないかもだけど、俺そもそもまだ結婚できないんだし……」
「友達……」
言葉を覚えたばかりの小鳥のようにしばらくその単語を繰り返し呟くと、魔王は目を輝かせる。
「そういえばそう呼べる者も私にはいなかった……憧れの言葉だ!」
「えっ」
魔王ってひょっとして、ぼっち?
そう口にしかけた勇者の肩を、背後からがっしりと掴む力強い手。
「いいか魔王様は高貴な御身分ゆえ友人として釣り合う者がいなかっただけの話だ従える者なら大勢いる決してぼっちなどではないわかったか」
「……ハイ」
長いセリフを早口で、一息。
地の底を這う声で魔王には聞こえないように囁くと、側近はなに食わぬ顔でぱっと勇者を解放する。
すると反動で二、三歩前によろめいた勇者の手を、今度は魔王がぎゅっと握った。
「なろう、友達に!」
「お、俺なんかで良ければ……」
そこの人が怖いけど、と思いながら横目でみればやはりというか、側近はこちらを恨めしそうに見ながら呪詛らしき言葉をブツブツ唱えている。
「お前が、いいのだ」
「「――っ!」」
きゅん、という音とブチッという音が同時に聞こえた気がした。
「友人なのに勇者だ魔王だというのはおかしいな。私の名はノルフェーンだ。長いから好きに呼んでくれ」
「ノルフェーン……」
ノルフェーン、という名前のやわらかく優しげな響きは彼女にとてもよく似合っていると感じたものの、背後で殺気を放つ男の存在がそれを口にすることを許さなかった。
「あ……俺はアステル。えーっと、じゃあ……」
親しげな愛称などつけようものなら、何をされるか……悩み抜いた勇者の決断は、
「……魔王」
「なんでだ!」
とりあえず、無難なところからいってみることにしたのだった。
第三話『そして“お友達”へ』
―完―