アステル編①
勇者の血を引く青年……いや、まだ少年くらいの年頃だろうか。
黒髪で黒目の小さい地味め顔、これといって特徴のない冒険者といった出で立ち。
魔王から見て、彼は勇者だと言われてもそうとはわからないようなごく平凡な雰囲気を漂わせていた。
「信じられないくらい地味だが確かに勇者の血を感じるな……いや、こんなに地味でも先程は魔法を使っていたか。見た目の地味さに惑わされてはいかんな」
「地味、地味って、気にしてるんだけど……」
「あ、すまない、馬鹿にしたつもりは……とりあえず、私の城に来てくれないか?」
ほら、と差し伸べられた華奢な手を見つめ、勇者は首を傾げる。
「そりゃあ、帰ることもできないだろうし従うほかないんだろうけど……なんで手?」
「あっ、いや、そのっ……転移魔法で城まで一気に跳ぶからくっつく必要がだなっ」
そう言って手を引き勢いよく体を密着させると、勇者は一瞬面食らった様子で、次いで伝わってきたやわらかな感触に赤面し、
「こっ、ここまでくっつかなくていいだろー!」
その叫びは魔の谷にこだましながら消えていくのだった。
――――
人間界のきらびやかな王城と比べると、魔王城は薄暗く妖しい。
「こんな所に住んでて気持ち暗くならない?」
「うーむ、そう言われても魔界そのものがこうだからな……」
歩きながらきょろきょろしていた勇者に痛いところを突かれた魔王が困った顔で笑う。
その間にすれ違った者達は片っ端から魔王のために道をあけ、そして隣にいる勇者をじろじろと見つめた。
「……私も正直、明るい人間界に憧れている」
「え?」
「そら、着いたぞ。私の部屋だ」
魔界のセンスは皆こうなのか、やけに禍々しいデザインの扉を開けるとそこには……
魔界と切り離されたのではないかと錯覚してしまう、可愛らしい部屋がそこにあった。
全体的にふんわりとした優しい色使い、漂う甘くいい香り、ソファにはちょこんとハートのクッション。
「お、女の子の部屋だ……」
「人間界の女子のセンスを勉強したのだ。なかなかいいな、飾るのが楽しくて」
誇らしげに、少々の照れも見せながら微笑む魔王はその部屋に負けず劣らず愛らしい。
でも、だからこそ、黒いドレスが浮いてしまうように思えた。
「あ、勇者はコーヒーがいいか? それとも紅茶派か?」
食器棚からカップとソーサーを取り出し、にこやかに尋ねる魔王。
「えっあっ、お、おかまいなく……」
「客人をもてなすのは当たり前だろう。気にするな」
それに、こういうのがあった方が話もしやすいだろう。
手際よく出された紅茶から立つ香気は、敵地のど真ん中で緊張していた勇者の心を僅かながらほぐしてくれた。
「客人って……」
「なかば脅しのような真似をしてしまって済まなかった。ああでもしないと話が進まないと思ってな」
「話……?」
魔王はそこまで言うと頭を下げ、それから一拍、戸惑いを見せ、
「……た、単刀直入に言おう。平和のため、私と結婚してくれないだろうか」
思い切って発した言葉は、勇者の口に含まれた紅茶を景気よく噴き出させた。
「魔王と勇者が結ばれれば少なくともひとつは争いが解決するだろう!」
「確かにそうだけどそんな力業な!」
「やはり私では魅力不足か? 勇者の好みはどういうタイプだ?」
不安なのか大きく開いたドレスの胸元に手を置き、すがるように迫る魔王。
魅力不足かと言われると全然そんなことはないし、むしろ溢れる魅力が健全な青少年には困るくらいなのだが……
「いやそれより結婚とか唐突過ぎて……そもそも俺、まだ結婚できない歳だし!」
「えっ?」
勇者の発言に魔王は硬直したのち慌てて部屋の本棚から一冊取り出してページをどんどんめくっていく。
目当ての記事を見付けたようだが、魔界の文字なのか勇者には読むことができなかった。
「……確かこの文献には、人間界では十六歳になれば成人し、結婚もできると……」
「俺、十五」
「ゆっ、勇者といえば十六歳だろう?」
「確かに十六歳で旅立ったり力に目覚めたりする勇者は多いらしいけど……早生まれだからまだ誕生日来てない」
そうなのか、と残念そうな魔王に今度は勇者が迫り、
「そもそも!」
ダァン!
紅茶が多少跳ねるのも今は構わず、机を叩いた。
「名前も何も知らない相手と、勇者だからって結婚するのか? 俺がとんでもなくひどい奴だったとしてもか?」
「!」
二人を隔てる机を避けて立ち、彼女の手首を強く掴み、しっかりと正面から見つめて。
「自分を大事にしないヤツは、嫌いだ」
「きら、い……」
はっきりそう言ってしまえば、魔王の目から大粒の涙が溢れだした。
「えっ、ちょっ!?」
「魔王様、失礼します。今の物音は……」
そこに、最悪のタイミングで入室した側近らしき男がこの状況を目撃する。
「ま、魔王様……」
乱れた室内、掴みかかる見知らぬ男、そして震えて涙を浮かべる魔王様。
「そこへ直れこの変質者めぇぇぇぇぇぇ!」
「誤解だぁぁぁぁぁぁ!」
いきり立って抜刀した側近の一撃をどうにかかわすと、勇者はたまらず叫ぶのだった。
第二話『魔王城、来ちゃいました』
―完―
黒髪で黒目の小さい地味め顔、これといって特徴のない冒険者といった出で立ち。
魔王から見て、彼は勇者だと言われてもそうとはわからないようなごく平凡な雰囲気を漂わせていた。
「信じられないくらい地味だが確かに勇者の血を感じるな……いや、こんなに地味でも先程は魔法を使っていたか。見た目の地味さに惑わされてはいかんな」
「地味、地味って、気にしてるんだけど……」
「あ、すまない、馬鹿にしたつもりは……とりあえず、私の城に来てくれないか?」
ほら、と差し伸べられた華奢な手を見つめ、勇者は首を傾げる。
「そりゃあ、帰ることもできないだろうし従うほかないんだろうけど……なんで手?」
「あっ、いや、そのっ……転移魔法で城まで一気に跳ぶからくっつく必要がだなっ」
そう言って手を引き勢いよく体を密着させると、勇者は一瞬面食らった様子で、次いで伝わってきたやわらかな感触に赤面し、
「こっ、ここまでくっつかなくていいだろー!」
その叫びは魔の谷にこだましながら消えていくのだった。
――――
人間界のきらびやかな王城と比べると、魔王城は薄暗く妖しい。
「こんな所に住んでて気持ち暗くならない?」
「うーむ、そう言われても魔界そのものがこうだからな……」
歩きながらきょろきょろしていた勇者に痛いところを突かれた魔王が困った顔で笑う。
その間にすれ違った者達は片っ端から魔王のために道をあけ、そして隣にいる勇者をじろじろと見つめた。
「……私も正直、明るい人間界に憧れている」
「え?」
「そら、着いたぞ。私の部屋だ」
魔界のセンスは皆こうなのか、やけに禍々しいデザインの扉を開けるとそこには……
魔界と切り離されたのではないかと錯覚してしまう、可愛らしい部屋がそこにあった。
全体的にふんわりとした優しい色使い、漂う甘くいい香り、ソファにはちょこんとハートのクッション。
「お、女の子の部屋だ……」
「人間界の女子のセンスを勉強したのだ。なかなかいいな、飾るのが楽しくて」
誇らしげに、少々の照れも見せながら微笑む魔王はその部屋に負けず劣らず愛らしい。
でも、だからこそ、黒いドレスが浮いてしまうように思えた。
「あ、勇者はコーヒーがいいか? それとも紅茶派か?」
食器棚からカップとソーサーを取り出し、にこやかに尋ねる魔王。
「えっあっ、お、おかまいなく……」
「客人をもてなすのは当たり前だろう。気にするな」
それに、こういうのがあった方が話もしやすいだろう。
手際よく出された紅茶から立つ香気は、敵地のど真ん中で緊張していた勇者の心を僅かながらほぐしてくれた。
「客人って……」
「なかば脅しのような真似をしてしまって済まなかった。ああでもしないと話が進まないと思ってな」
「話……?」
魔王はそこまで言うと頭を下げ、それから一拍、戸惑いを見せ、
「……た、単刀直入に言おう。平和のため、私と結婚してくれないだろうか」
思い切って発した言葉は、勇者の口に含まれた紅茶を景気よく噴き出させた。
「魔王と勇者が結ばれれば少なくともひとつは争いが解決するだろう!」
「確かにそうだけどそんな力業な!」
「やはり私では魅力不足か? 勇者の好みはどういうタイプだ?」
不安なのか大きく開いたドレスの胸元に手を置き、すがるように迫る魔王。
魅力不足かと言われると全然そんなことはないし、むしろ溢れる魅力が健全な青少年には困るくらいなのだが……
「いやそれより結婚とか唐突過ぎて……そもそも俺、まだ結婚できない歳だし!」
「えっ?」
勇者の発言に魔王は硬直したのち慌てて部屋の本棚から一冊取り出してページをどんどんめくっていく。
目当ての記事を見付けたようだが、魔界の文字なのか勇者には読むことができなかった。
「……確かこの文献には、人間界では十六歳になれば成人し、結婚もできると……」
「俺、十五」
「ゆっ、勇者といえば十六歳だろう?」
「確かに十六歳で旅立ったり力に目覚めたりする勇者は多いらしいけど……早生まれだからまだ誕生日来てない」
そうなのか、と残念そうな魔王に今度は勇者が迫り、
「そもそも!」
ダァン!
紅茶が多少跳ねるのも今は構わず、机を叩いた。
「名前も何も知らない相手と、勇者だからって結婚するのか? 俺がとんでもなくひどい奴だったとしてもか?」
「!」
二人を隔てる机を避けて立ち、彼女の手首を強く掴み、しっかりと正面から見つめて。
「自分を大事にしないヤツは、嫌いだ」
「きら、い……」
はっきりそう言ってしまえば、魔王の目から大粒の涙が溢れだした。
「えっ、ちょっ!?」
「魔王様、失礼します。今の物音は……」
そこに、最悪のタイミングで入室した側近らしき男がこの状況を目撃する。
「ま、魔王様……」
乱れた室内、掴みかかる見知らぬ男、そして震えて涙を浮かべる魔王様。
「そこへ直れこの変質者めぇぇぇぇぇぇ!」
「誤解だぁぁぁぁぁぁ!」
いきり立って抜刀した側近の一撃をどうにかかわすと、勇者はたまらず叫ぶのだった。
第二話『魔王城、来ちゃいました』
―完―