ヘリオス編②

 魔界の海には月夜になると七色に輝く水面が広がり、静かに暮らす美しき人魚が住まう場所があるという。

 そう、静かに、ひっそりと……

「人魚ソフトクリームいかがですかー!」
「カップルで撮ると恋愛成就! 人魚岩で記念撮影もどうぞー!」

 ひっそりと……

 していなかった。

 伝説にも謳われるその美声は今は客引きのため、元気に浜辺を飛び交っている。

「なんというか……商魂逞しいというか、今までもっていた人魚のイメージが……」
「時代が変われば状況も変わる。活気づけも必要な時は必要だからなー」

 予想に反した賑わいを前に呆然とする魔王に、勇者はついさっき買ってきた人魚ソフトクリームを差し出した。

「勇っ……ヘリオス、本当に気付かれぬのだな」

 いつものように勇者、と呼びそうになり、名前で呼び直すレヴォネ。
 さすがに魔王はいかにもな黒マントを外し服装や髪型を少し変えたとはいえ、魔界に人間と共にいる銀髪美形なんていう目立つふたりが、周囲の誰の注目も集めていない。
 振りかければしばらくの間肩書きを消せる魔法の粉、という怪しげな道具の効力は、どうやらきちんと働いているようだ。

「すごいだろ? これで俺達はただの観光客さ」

 滑らかなカーブを描く魚の尾びれを模した形のソフトクリームは、舌先に触れると儚く蕩けて爽やかな甘さと心地よい冷たさが口内に流れ込んでくる。
 細かく砕かれ散りばめられた色とりどりに煌めくキャンディの食感といい、見た目も味も楽しませてくれるな、と魔王の表情が穏やかに緩む。

「ふむ……なかなか美味いな。貴様は買わなかったのか?」
「そうだなぁ、じゃあ一口」
「やらんぞ」

 おすそわけを狙って大きく口を開けたヘリオスをさっとかわすと、レヴォネは悪戯っぽく「ふふん」と微笑んだ。
 それは勇者に拐われてきて以来、初めて見せた表情で。

「可愛いなぁ、おい……」
「なにか言ったか?」
「いやいや別に。俺も自分のやつ買おうっとー♪」

 指摘したら意識して笑顔を見せなくなるだろうと判断したヘリオスは、自分もソフトクリームを買って食べることにした。
 その光景と、楽しそうな人魚や観光客達と、手元の甘味を順番に見て、魔王は俯く。

「……知らなかった」
「うん?」
「ここが観光地になっているらしい話は聞いていたが……こんなに賑やかなところだったとは」
「城の中じゃ、ソフトクリームも食べられないしな」
「そう、だな……」

 背にした海からは、寄せては返す波が足元に届く。
 動きやすいよう高く束ねた銀髪が、静かに揺れた。

 と、

「びっくりしました?」
「わっ!?」

 二人の間に、ふいに少女が割り込んできた。
 貝殻を飾ったふわふわの髪にくりんとした大きな目の愛らしい顔立ち、人の上半身で腰から下は魚……どうやら彼女も、ここの人魚のようだ。

「君はここの……」
「はい、メローネっていいます!」

 目の前の彼等が本来なら話すことすら叶わないであろう魔王と、その宿敵である勇者だとは夢にも思わないだろう少女は、人なつっこく笑いかける。

「もちろん、隠れて静かに暮らす昔ながらの落ち着いた人魚達もいますよ。でも、こうやって表に出てきて、いろんな人達と交流するのも楽しいなって思うようになった人魚もたくさんいるんです」
「そうなのか……」
「はい♪」

 なんとなく、魔王は少女の頭を撫でてやった。
 少女はきょとんとしたが、嬉しそうな顔をすると、

「えへへ……という訳で、お兄さん達っ!」
「ん?」

 丸くふっくらした二つの饅頭を取り出し、にこやかに、

「人魚の海名物、人魚のボインボインまんじゅういかがですかー!」

 可愛らしい声で力の限り高らかに、そう叫んだ。

「丸いまんじゅうに貝のマークか。ふたつ並ぶとまるで……ほほう、これはなかなかたわわに実っ」
「やかましい! 君達ももっと自分を大切にしなさい!」

 流れるようにセクハラをかます勇者をすかさずぶん殴った魔王は少女を幾分か優しく叱りつける。

「まったく、俗っぽく染まりきって……」
「まあでも味はこっちもうまいぞ? ほれ二個セットだから一個はアンタに」
「早速買うな! 私は食わんぞ!」

 とまあ、そんなこんなで……

 勇者と魔王は人魚の海を満喫し、帰り際にはしっかりと(魔王がなかば強引に勇者に引っ張られて)人魚岩で記念撮影もしていったとか。

 後日その写真がおみやげと共に魔王の城に届けられ従者が卒倒するのだが、それはまた別のお話。


第十二話
『人魚の海の伝説』
―完―
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