19~葛藤、そして~
カカオ達がいる東大陸から遠く離れた、王都の中心マーブラム城……の、宝物庫。
薄暗くて掃除はしているものの埃のにおいや若干のカビ臭さもあるそこは基本的には足を踏み入れる者はおらず、シーフォン王子にとって誰にも邪魔されずに思考に浸るには良い場所だった。
そして、今日もまた。
「あーあ……」
聞こえよがし、と言っても他に誰もいないのだが、シーフォンは盛大な溜め息をつく。
「この世界で今、確かになにかが起きているんだ、なにかが……それなのに、ちっとも手懸かりが掴めないこの歯痒さ!」
かと思えば芝居がかった大袈裟な身振り手振りでそんなことを言い出すが、やはり誰もいるはずがない。
それもそのはず、シーフォンはこうやって悩みを吐き出す時にただでさえ人の寄り付かない宝物庫でさらに人払いを済ませているからだ。
そうやって王子が閉じ籠ることも、しばらくするとスッキリした顔で出てくることも、もはやマーブラム城では恒例の儀式となっていた。
ゆえに今、彼はひとりだ。
「ああ、聞いてくれるかい?」
誰かに聞かせるような口調と動きだが、重ね重ね彼はひとりだ。
と、シーフォンは自己陶酔のポーズをやめ、真剣な面持ちにかわる。
「……同じ騎士団のメリーゼやクローテは今回の事件に確実に関わっていて、おそらく今も解決のために奔走しているだろう。それなのに……」
彼の想い人はひたむきに剣を振るう騎士たる乙女で、才能もあるだろうが何より努力を怠ることがなく、それに見合った力をめきめきと身につけている。
旅立つ直前の少女の鋭く速い、そして美しい剣舞を思い出し、胸が苦しくなった。
「僕は、弱い。彼女を守るには足りないだろうな……」
こんな風に悩んでいる間にも、彼女との差は開いていく一方だろう……わかってはいるのだが、焦りで胸が張り裂けそうなのだ。
「わかっている、わかっているんだ。こんなことをしている間に剣の素振りを一回でも多くした方がいいのは! だがしかし!」
『相変わらず愉快な独り言だな、息子』
興奮が最高潮に達したシーフォンの台詞を止めたのは、別の声だった。
「なっ……?」
慌てて辺りを見回すが、誰もいない。
これだけ喋り倒し陶酔しているようでシーフォンも騎士のはしくれ、常に視界の隅には入れていた扉の開閉に気付かないはずはなかったのだが、
『俺の凛々しい声を忘れたか、息子』
「この無駄に自信に満ち溢れた尊大な物言いは、父上とたまに話していた……精霊王!?」
『そうだ。もっと敬え崇め奉れ』
精霊王……属性をもたない源精霊“万物の王”は実体のない身で音も気配も物理干渉もなく現れたため、シーフォンよりも手練れの者でも属性の適性がなければ同じことになっただろう。
半分透けた筋肉質の半裸で背中にもう二本異形の腕を生やした金髪の男、精霊王は二重に腕組みをしてみせた。
「……いつから聞いていた」
『うむ、そうだな……最初からではないが「この世界で今~」あたりからだ』
「ほぼ最初じゃないか!」
決して他人に聞かれたくなかったシーフォンは源精霊を睨むが、当の本人は細かいことは気にするなと手をひらひら振る。
『そんなことよりも、だ。この状況を憂い、己の力量を自覚した上でお前は何がしたい?』
「えっ……」
『もしかしたら、俺はお前の望みを叶えてやれるかもしれんぞ?』
無論、お前次第だが。
眼前に迫られてそう告げられ、シーフォンは我知らずごくりと喉を鳴らした。
薄暗くて掃除はしているものの埃のにおいや若干のカビ臭さもあるそこは基本的には足を踏み入れる者はおらず、シーフォン王子にとって誰にも邪魔されずに思考に浸るには良い場所だった。
そして、今日もまた。
「あーあ……」
聞こえよがし、と言っても他に誰もいないのだが、シーフォンは盛大な溜め息をつく。
「この世界で今、確かになにかが起きているんだ、なにかが……それなのに、ちっとも手懸かりが掴めないこの歯痒さ!」
かと思えば芝居がかった大袈裟な身振り手振りでそんなことを言い出すが、やはり誰もいるはずがない。
それもそのはず、シーフォンはこうやって悩みを吐き出す時にただでさえ人の寄り付かない宝物庫でさらに人払いを済ませているからだ。
そうやって王子が閉じ籠ることも、しばらくするとスッキリした顔で出てくることも、もはやマーブラム城では恒例の儀式となっていた。
ゆえに今、彼はひとりだ。
「ああ、聞いてくれるかい?」
誰かに聞かせるような口調と動きだが、重ね重ね彼はひとりだ。
と、シーフォンは自己陶酔のポーズをやめ、真剣な面持ちにかわる。
「……同じ騎士団のメリーゼやクローテは今回の事件に確実に関わっていて、おそらく今も解決のために奔走しているだろう。それなのに……」
彼の想い人はひたむきに剣を振るう騎士たる乙女で、才能もあるだろうが何より努力を怠ることがなく、それに見合った力をめきめきと身につけている。
旅立つ直前の少女の鋭く速い、そして美しい剣舞を思い出し、胸が苦しくなった。
「僕は、弱い。彼女を守るには足りないだろうな……」
こんな風に悩んでいる間にも、彼女との差は開いていく一方だろう……わかってはいるのだが、焦りで胸が張り裂けそうなのだ。
「わかっている、わかっているんだ。こんなことをしている間に剣の素振りを一回でも多くした方がいいのは! だがしかし!」
『相変わらず愉快な独り言だな、息子』
興奮が最高潮に達したシーフォンの台詞を止めたのは、別の声だった。
「なっ……?」
慌てて辺りを見回すが、誰もいない。
これだけ喋り倒し陶酔しているようでシーフォンも騎士のはしくれ、常に視界の隅には入れていた扉の開閉に気付かないはずはなかったのだが、
『俺の凛々しい声を忘れたか、息子』
「この無駄に自信に満ち溢れた尊大な物言いは、父上とたまに話していた……精霊王!?」
『そうだ。もっと敬え崇め奉れ』
精霊王……属性をもたない源精霊“万物の王”は実体のない身で音も気配も物理干渉もなく現れたため、シーフォンよりも手練れの者でも属性の適性がなければ同じことになっただろう。
半分透けた筋肉質の半裸で背中にもう二本異形の腕を生やした金髪の男、精霊王は二重に腕組みをしてみせた。
「……いつから聞いていた」
『うむ、そうだな……最初からではないが「この世界で今~」あたりからだ』
「ほぼ最初じゃないか!」
決して他人に聞かれたくなかったシーフォンは源精霊を睨むが、当の本人は細かいことは気にするなと手をひらひら振る。
『そんなことよりも、だ。この状況を憂い、己の力量を自覚した上でお前は何がしたい?』
「えっ……」
『もしかしたら、俺はお前の望みを叶えてやれるかもしれんぞ?』
無論、お前次第だが。
眼前に迫られてそう告げられ、シーフォンは我知らずごくりと喉を鳴らした。