19~葛藤、そして~
木々に囲まれ、空と水面に浮かぶふたつの月が仄かに照らすオアシスの夜。
仲間達と離れた後、テントにも直行しなかったクローテはひとり夜風にあたっていた。
(アングレーズとガレ……二人はたぶん、何かを隠している。とはいえ、ガレに気付かれずに盗み聞きするのは難しいな……)
時精霊が彼らから話を聞き出すなら問題ないのかもしれないが、どうにも疑り深いのがクローテの性分だった。
などと考えていると、サク、と砂を踏む音が端で聴こえ、振り向く。
紫水晶の色をした癖のある長い髪が、月光を反射して艶やかな光彩を煌めかせた。
「……なんだ、カカオか」
「なんだってなんだよ……っていうか気付くの早ぇし」
「何か用か?」
そう尋ねられればカカオはココアブラウンの跳ねた髪をわしゃわしゃと雑に掻く。
「用と言やぁ、そう言えなくもない……かな」
「なんだ、その煮え切らない言い回しは」
クローテが眉間の皺を深くすると、カカオは近付いて指先でそれをつつき、
「それだよ、それ!」
「なっ……?」
ぎろ、とクローテを睨みつけた。
「お前の眉間のそれは小難しいこと考えてる時のやつだろ? それも、なんか一人で背負いこもうとしてる」
図星を突かれたクローテが思わず獣耳を寝かせ、息を詰まらせる。
カカオはその表情を見ただけで、やっぱりな、と漏らした。
「メリーゼもだけど、お前もなにげにそういうとこあるんだよなあ……誰かにちょっと話すなりして、軽くはならないのか?」
「能天気なことを……」
「ガレ達が加わってからだよな? あいつらと何かあったのか?」
「何もない」
そう、彼らと直接何かあった訳ではないし、しばらく行動していて目立って疑わしい箇所もなければ、嫌悪なども抱くことはない。
クローテの胸に浮かぶ疑念は一方的なものであり、根拠も明確なものではないが……
「お前が能天気なぶん、いろいろ考えなければならないだけだ」
「なんだよ、それ」
「そういう能天気な部分はお前に任せた」
口が軽いとは言わないが、感情が表に出やすいカカオに話せば何かしらの態度に出てしまうだろう。
あるいは、仲間を疑うことについてこの場で不快を示されるだろうか……カカオはそういう奴だ、とクローテは理解していた。
だから、カカオはただあの二人を信じていればいい。
「ったく、何回能天気って言うつもりだよ……よくわかんねーけど、苦しくなる前に頼れよ?」
「余計なお世話だ。さっさと寝ろ。寝坊はするなよ」
一言に対して割り増しで小言を返してやれば「へいへい」と退散していくカカオ。
そして、それが完全に見えなくなったのを確認してから……
「……今度は貴方ですか、ブオル殿」
「やっぱバレる?」
じとりと呆れを含んだ視線を送れば、その辺に隠れるには無理のある、熊のような巨体がのそのそと姿を現す。
「いやあ、テントに戻ったら誰もいなくてさ……おじさん寂しくて、つい」
「ガレは話し中でしょうし、カカオもさっきまでここにいましたからね。まあ、最初から見ていたのでしょうが」
「お見通しか。お前さんやガレには尾行とか出来なさそうだな」
茶目っ気たっぷりの言い訳もスルーされたブオルはばつが悪そうに苦笑いした。
「カカオもお前さんのこと気にかけてんだ。もちろん、他のみんなもな」
「……わかっています」
周囲に完璧に覆い隠すことはできない未熟さを悔やむクローテを、穏やかな橙の目がじっと見つめる。
「クローテはカカオに“能天気”でいて欲しいんだよな。カカオのまっすぐで疑わない純粋さが好きなんだろ?」
「!」
「だから、難しいことは自分が引き受ける。もしもの時は汚れ役もやるつもりで」
クローテの目が見開かれると、短い尻尾が一瞬ぴんと上を向き、次いで力なく垂れる。
「……我々が未来を知ってしまえば、その後の行動によっては歴史を歪める結果になってしまう可能性がある。それはわかるのですが……」
「それにしても、ここに来た経緯をごまかす必要はなかったんだよなあ。そこが引っ掛かるんだろ?」
「はい……」
カカオやモカにはツンツンした態度をとることが多いが、心根は優しい子なのだろう。
その証拠に俯く姿には罪悪感や自己嫌悪が見てとれた。
(それでもガレ達を警戒しちまうのは、カカオ達のことを大事に想ってるからなんだな……)
優しくて、ちょっと不器用な子なんだとブオルは目の前の少年の頭をぽんぽんと撫でた。
「出会ってちょっとしか経ってないけど、いい子達だよ。でっかい方もちっこい方もな」
「はい」
「だから、気のせいだといいな」
「……はい」
あとその素直さ、カカオ達の前でも少し出してもいいんじゃないかな。
などと言ったら睨まれそうなので、今は心に秘めておくブオルであった。
仲間達と離れた後、テントにも直行しなかったクローテはひとり夜風にあたっていた。
(アングレーズとガレ……二人はたぶん、何かを隠している。とはいえ、ガレに気付かれずに盗み聞きするのは難しいな……)
時精霊が彼らから話を聞き出すなら問題ないのかもしれないが、どうにも疑り深いのがクローテの性分だった。
などと考えていると、サク、と砂を踏む音が端で聴こえ、振り向く。
紫水晶の色をした癖のある長い髪が、月光を反射して艶やかな光彩を煌めかせた。
「……なんだ、カカオか」
「なんだってなんだよ……っていうか気付くの早ぇし」
「何か用か?」
そう尋ねられればカカオはココアブラウンの跳ねた髪をわしゃわしゃと雑に掻く。
「用と言やぁ、そう言えなくもない……かな」
「なんだ、その煮え切らない言い回しは」
クローテが眉間の皺を深くすると、カカオは近付いて指先でそれをつつき、
「それだよ、それ!」
「なっ……?」
ぎろ、とクローテを睨みつけた。
「お前の眉間のそれは小難しいこと考えてる時のやつだろ? それも、なんか一人で背負いこもうとしてる」
図星を突かれたクローテが思わず獣耳を寝かせ、息を詰まらせる。
カカオはその表情を見ただけで、やっぱりな、と漏らした。
「メリーゼもだけど、お前もなにげにそういうとこあるんだよなあ……誰かにちょっと話すなりして、軽くはならないのか?」
「能天気なことを……」
「ガレ達が加わってからだよな? あいつらと何かあったのか?」
「何もない」
そう、彼らと直接何かあった訳ではないし、しばらく行動していて目立って疑わしい箇所もなければ、嫌悪なども抱くことはない。
クローテの胸に浮かぶ疑念は一方的なものであり、根拠も明確なものではないが……
「お前が能天気なぶん、いろいろ考えなければならないだけだ」
「なんだよ、それ」
「そういう能天気な部分はお前に任せた」
口が軽いとは言わないが、感情が表に出やすいカカオに話せば何かしらの態度に出てしまうだろう。
あるいは、仲間を疑うことについてこの場で不快を示されるだろうか……カカオはそういう奴だ、とクローテは理解していた。
だから、カカオはただあの二人を信じていればいい。
「ったく、何回能天気って言うつもりだよ……よくわかんねーけど、苦しくなる前に頼れよ?」
「余計なお世話だ。さっさと寝ろ。寝坊はするなよ」
一言に対して割り増しで小言を返してやれば「へいへい」と退散していくカカオ。
そして、それが完全に見えなくなったのを確認してから……
「……今度は貴方ですか、ブオル殿」
「やっぱバレる?」
じとりと呆れを含んだ視線を送れば、その辺に隠れるには無理のある、熊のような巨体がのそのそと姿を現す。
「いやあ、テントに戻ったら誰もいなくてさ……おじさん寂しくて、つい」
「ガレは話し中でしょうし、カカオもさっきまでここにいましたからね。まあ、最初から見ていたのでしょうが」
「お見通しか。お前さんやガレには尾行とか出来なさそうだな」
茶目っ気たっぷりの言い訳もスルーされたブオルはばつが悪そうに苦笑いした。
「カカオもお前さんのこと気にかけてんだ。もちろん、他のみんなもな」
「……わかっています」
周囲に完璧に覆い隠すことはできない未熟さを悔やむクローテを、穏やかな橙の目がじっと見つめる。
「クローテはカカオに“能天気”でいて欲しいんだよな。カカオのまっすぐで疑わない純粋さが好きなんだろ?」
「!」
「だから、難しいことは自分が引き受ける。もしもの時は汚れ役もやるつもりで」
クローテの目が見開かれると、短い尻尾が一瞬ぴんと上を向き、次いで力なく垂れる。
「……我々が未来を知ってしまえば、その後の行動によっては歴史を歪める結果になってしまう可能性がある。それはわかるのですが……」
「それにしても、ここに来た経緯をごまかす必要はなかったんだよなあ。そこが引っ掛かるんだろ?」
「はい……」
カカオやモカにはツンツンした態度をとることが多いが、心根は優しい子なのだろう。
その証拠に俯く姿には罪悪感や自己嫌悪が見てとれた。
(それでもガレ達を警戒しちまうのは、カカオ達のことを大事に想ってるからなんだな……)
優しくて、ちょっと不器用な子なんだとブオルは目の前の少年の頭をぽんぽんと撫でた。
「出会ってちょっとしか経ってないけど、いい子達だよ。でっかい方もちっこい方もな」
「はい」
「だから、気のせいだといいな」
「……はい」
あとその素直さ、カカオ達の前でも少し出してもいいんじゃないかな。
などと言ったら睨まれそうなので、今は心に秘めておくブオルであった。