16~月夜に想う~

 次なる目的地も決まった、その日の夜。
 カカオ達はマナスポットがあるセルクル遺跡への道程に備え、パスティヤージュの宿でそれぞれ休息をとっていた。

「アングレーズは家族のところに行かなくて良かったのか?」
「あの狭い家にあたしがお邪魔したら定員オーバーになっちゃうわ」

 ブオルの問いにそう返すと、アングレーズは「それじゃあ、女子はこっちね」と男性陣とは別の部屋に入っていった。

「一気にむさっくるしくなったなー」
「悪かったな。原因の大半は俺だわ」

 縦にも横にも大きな五十路の男はカカオの率直なコメントに苦笑いをした。

「それがしもむさっくるしーでござるか……もしや、汗臭い?」
「あまり気にしないでください。大の男が四人もひと部屋に集まっていればそうなるのは当然ですから」

 くんくんと自分のにおいを確認し始めたガレは、クローテの言葉に顔を上げ、

「クローテ殿も、敬語じゃなくていいでござるよ。ここにいるのはクローテ殿や皆の知る、あの“ガレ”でござるゆえ」

 にぱっ、と人懐こく笑いかけた。

「そ、そう言われても……」

 もともと知っているガレは幼さの残る少年だが、目の前の彼はどう見ても十は年上でいきなり砕けた口調にして良いものか、とクローテが戸惑うが、

「中身はそんなに変わってないみたいだし、いいんじゃねーの?」
「にゃっ!? ちゃんと中身も成長してるでござるよー!」

 すぐにカカオと子供のようなやりとりをするガレに思わず吹き出した。

「クローテどの……?」
「ふふ、わかった。なるほどすぐに馴染めそうだ」

 よそよそしい敬語でなくなった事は嬉しく思う反面、あまり大人らしく見られていないと気付いたガレは「どういう意味でござるかー……」と複雑そうな顔をするが、それも一瞬のことで、

「あ、そうだ。カカオどの、しばし外で散歩でもどうでござるか?」
「へ、オレと?」
「パスティヤージュの夜は涼しいし、今宵の月は綺麗でござるよー!」
「ちょっ、おい!?」

 言うが早いか大きな黒猫の手がカカオの腕を掴み、部屋の外へ。
 どたどたと賑やかな足音がフェードアウトしていく中、残された曾祖父と曾孫は顔を見合わせ、

「若いねえ」
「騒がしくなりましたね」

 などと言って笑うが、

「……賑やかなのはいいんだが、ちょっと気になるな」
「ええ、引っ掛かる部分はあります。何か良からぬ事を企んでいる、という訳ではなさそうですが……少なくとも、隠し事はしている」

 カカオ達の気配が遠ざかったのを確認すると隣の部屋に漏れないよう声のボリュームを落とした。

「あまり疑うって事はしたくないが、何となく気にするだけしておくか……」

 それ自体が他の仲間に対しての隠し事になる上、これから共に行動する相手に罪悪感をおぼえるのかブオルの口調は渋々といった風だ。
 するとクローテは腕を組んで頷き、

「何事も気を付けるに越したことはありませんね。能天気に他人を信じる馬鹿正直さはカカオに任せましょう」

 さらりとそんな事を言って曾祖父を絶句させる。

「お前さん、カカオのことになると辛辣だよな……」

 幼馴染みゆえの遠慮のなさか、気を許した相手にはそういう部分が出るところはどことなく息子のスタードに似ている気がする……ブオルはそう思いながら、笑顔の端をひきつらせるのだった。
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