16~月夜に想う~

「……それで、ここに皆さんが来たのは今後の手懸かりを探しに、でしたね?」

 話が一段落ついた頃にフィノはそう切り出した。

「時空干渉で狙われている“英雄”……そう呼ばれている二十年前の旅の仲間は、おそらく今は各地の異変を感じて散り散りになっているでしょう」
「わかるのか?」
「アンは皆さんの危機を感じ取ったみたいですが、わたしは光が……仲間のみんながあちこちに散って行くのを視たんです」

 深く目を閉じるフィノは光が散って行く光景を瞼の裏に思い出しているのだろう。
 そんな彼女の姿を見て、神子姫の力とは不思議なものだ、とブオルは実感していた。

『精霊は世界の変化に敏感だからね。みんなその契約者だから、そういうモノに敏いのさ』

 月光の女神がそう言うと、カカオ達は以前に聞いた「契約者と精霊は繋がっている」という言葉を思い出す。

「そう言えば、パパもそれでどっか行っちゃったみたいなんだよね。行き先も何も聞いてないって」
「カッセ君がいたなら一言くらい残して行けばいいのに、デュー君ったら……」

 ふいに父の名前を出され、ガレの耳がぴくんと反応する。
 困った人ね、と眉尻を下げるフィノの様子が、当時のカッセと同じように見えた。

「パパって、困った人なんだね……知ってたケド」

 モカが溜め息をつくとフィノはくすくす笑って、

「そうね。落ち着いてるようで血の気は多いし、売られたケンカは買うし、美人を見たらすぐ鼻の下のばすし……困った人です!」
「あはは、わかるー」

 そう言いながらも端々に見えるのは嫌悪などではなくて。
 するとワッフルが少しばかり大袈裟に、わざとらしく咳払いをした。

「話が横道に逸れたぞ」
「あっ、ごめんなさい」

 妻を睨むワッフルの目が「ヤキモチか?」「ヤキモチね」とこそこそ話すブオルとアングレーズに気付くと更に鋭さを増した。

 が、気を取り直して、

「……時空の精霊ってヤツが目を覚まさないことには、各地に散らばったフィノの仲間を見付けても何もできないんじゃないのか?」
「そう、ですね……それに、何か異変があればいち早く察知できるのもお父様の力だと思います」
『精霊の眠りもまちまちだからねぇ。ちょっとした消耗なら数日だけど、数百年単位の時もあるし……』

 月光の女神がさらっと出した数百年という、とてもじゃないが普通の人間には待てない数字にカカオ達の目が丸くなる。

『ああ、いえ、そんな長期間の眠りは本当にとんでもない規模の力を使ってしまった時くらいです。たとえば大陸ひとつ、まるごと沈めるとか……』
「たっ、大陸ひとつ!?」

 慌てて風精霊がフォローを入れるが、彼女もやはり大精霊らしく飛び出した話の規模が大きかった。

「あー、でも数日だったとしてもその間に時空干渉があったら何もできないってことだろ?」

 それは困るよなぁ、とこぼすカカオの手に月光の女神のそれが重ねられ、あたたかいようなつめたいような不思議な感触が伝わってきた。

『精霊は人間よりマナの消耗の影響が大きいの。消耗したマナを回復させるために眠るんだから、補充してあげれば早く目覚めるわよ』
「補充って、前に風花がスタードじいちゃんにやったみたいな?」
『そうですけど、精霊の回復はマナスポットの方が効率がいいですね』

 耳慣れない単語だったらしく、ガレから「まなすぽっと?」と声があがった。

「世界中に点在する、マナの濃い地点だ。この近くだとセルクル遺跡がそうだな」
『あと大精霊の住み処もマナスポットのひとつよ。この月白の祭壇もなんだけど……ランシッドを回復させるには、ここはちょっと属性の偏りが大きいわね』

 光精霊が言うには、場の属性というものがあって、大半の場所は様々な属性が打ち消しあった結果の無属性になるのだが、大精霊がいるような場所や一部の場所はその精霊の属性に偏っているのだという。
 時空の精霊であるランシッドには、どうやら無属性のマナスポットの方が良いらしい。

「よくわかんねーけど、じっとしてもいられねえし、そのセルクル遺跡ってとこに行ってみるか!」
「そうですね。わたしも賛成です」

 カカオ、メリーゼがそう言えば反対の声もあがらず、次の行き先が確定する。

「遺跡に行くなら気を付けて、準備はしっかりしていってくださいね」
「ありがとうございます、フィノさん」

 花弁がそっと綻ぶように優しげに微笑みかけるフィノにメリーゼが同様に返すと、華やかさと癒しの空間が誕生した。
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