16~月夜に想う~

 里を襲う魔物という嵐が去って、ようやくいつもの穏やかさを取り戻したパスティヤージュの夕暮れ。
 ひとり家に帰った少女、アンは部屋の窓から荒らされた外の光景を眺めていた。

(……何も出来なかった。ただ見ているだけで、何も)

 戦おうとした友人達や、実際に魔物を一掃した両親、それに、未来から来たというもう一人の自分……彼らには、戦う力があった。
 父のように土人形を操り、母のように魔術で魔物に立ち向かう未来のアングレーズは、とても眩しく見えて……

(モカちゃんの力になりたい……確かに、それを叶えられるのは、あの“あたし”……そう。願ったのは、あたし)

 友人のような突出した才能がない今の自分は、まだ力のない少女だ。
 だから未来から“彼女”が来たのは、友人の力になりたいという願いが届いた結果なのだろうと、そう思うが、

(それでも、やっぱり悔しい……)

 友人と旅をしてみたかったのは、今のアンの気持ちだったから。

(……魔術の練習をしよう。今までより、もっと。そしてお父さんにゴーレムの操り方を教えて貰おう)

 未来の自分の、力になるために。

 ターコイズブルーの目には、母親譲りの強い意思が秘められていた。


――――


 里の中央にある月白の祭壇は普段はパスティヤージュの中でも限られた人間しか入ることが許されない神聖な場所で、光の大精霊“月光の女神”の住み処でもある。
 長い時を経たゆえか、どこか温かみのある石造りの内部は、射し込む夕陽に染められていた。

 力を使い果たして眠っているランシッドは不参加だが、カカオ達はこれまでのいきさつを説明した。

「時空干渉、過去から現れた人間や魔物、そして未来からも……事態はどんどん大きくなっているのですね」

 胸に手を置き、ふう、と息を吐くとフィノの身につけたアクセサリーが控えめに音を立てた。

「……最近、アンが妙にそわそわしていました。モカちゃんが危ない、って」
「へ、ボクが?」

 きょとんとするモカに、未来から来たアングレーズは「ええ」と頷く。

「正確には、モカちゃん達……時空干渉に立ち向かうみんなが危ない、って感じたの」
「危ないって、具体的には?」

 そう問われたアングレーズの瞳に、長い睫毛が影を落とす。

「当時のあたしの力だと、視えたのはそこまで……もともと神子姫の予知は、大半がそんなにはっきりしたものじゃないのよ」

 彼女が視たものは本人にしかわからないものだが、同じ神子姫であるフィノも否定せず俯いたあたり、それは間違いではないのだろう。
 モカにはそこでひとつ、浮かんだ疑問があった。

「けど、今のアンはそれが起きた後のことを知ってるんじゃないの?」

 未来から来たのなら、現在迫っている危機は通り過ぎた後なのではないのか、と少女が指摘するが、

『そういうの、口にするのも知っちゃうのもマズイんじゃないかしら?』
「そうだな。俺も元の時代に戻ったら記憶消されるらしいし」

 月光の女神と、異なる時代からの来訪者ブオルによってそれは打ち砕かれる。

「そっかぁ……」
「仕方ねーよ。オレ達で気を付けて、自力で防ぐしかないな」

 がっくり肩を落とすモカに、カカオは苦笑しながら己の胸を拳で叩いて見せた。
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