12~新しい力~

――記憶に焼きつく、紅い炎。

 少女は、火の海となった貧民街を茫然と見つめていた。

 彼女の隣で下卑た笑いを響かせる、衣服こそ上等だが内面が滲み出たかのように醜く肥えた男。
 やがてそのぎらついた目が少女を捉えると、人形のようだった彼女の紫黒に初めて感情の灯りが点る。

「この街の景観を害する薄汚いネズミの一掃は終わった……さて、お前はどうする……?」
「……っ!」

 拒絶、嫌悪、恐怖。

 ただ生きるため本能的に盗みを繰り返し、この男に捕らえられてからはさらに血で汚れるような仕事もこなしてきた……漠然と、生きるために。

 そこに特別な感情は芽生えなかったのだが。

「お前は他のネズミと一緒に焼き払うには惜しい……お前だけは殺さず今まで通り愛でてやるから来い。はは、嬉しいだろう、さあ」

 強い力で肩を掴まれ、少女の顔が苦痛に歪む。

「い、や……」
「なんだ、人形に生意気にも感情が出てきたのか……いや、その表情も悪くない。そそるな」

 辺りを焼く熱気にあてられた男の目は狂気を孕んで、次第に呼吸も荒くなっていく。

「生きる力のないお前は、既に手を汚したお前は、どのみちおれに縋る他に生きる術はない! 拒むというなら、そこのネズミどもと同じ運命を辿るだけだ! さあ来いッ!」
「ひっ……!」

 語気を荒げる男がさらに強く少女の腕を引こうとした、その刹那。

「!」

 少女の両手には赤く濡れたナイフが握られていた。

「お、ま、え……!」
「あ、あぁ……」

 一瞬のことだったのだろう、少女は一拍置いて自分のしたことに気付く。

 ぐぼォ、と濁った声を吐き出すと、男の体が傾ぎ、どうと倒れ伏す。

「なん、て、ことを……」

 そうして男はやがて動かなくなり、その口は二度と開かれることなく……



…………“本来なら”、そうなるはずだった。


 しかしうつ伏せに倒れていた男の体躯が突如びくんと跳ね、ゆっくりと上体が持ち上がる。

「……グ……ウウ……」
「えっ……?」

 人間にしては不自然な動作と、男の肌を徐々に覆っていく黒い皮膚。
 そうして“それ”はヒトの形を失い、焦点の定まらない目に恐怖に固まる少女を映し……

「――っ!」
「そうはさせるかッ!」

 直後、どこからともなく聞こえた声と共に、化物は彼女の眼前から忽然と姿を消した。
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