11~風雅の里の珍客~

 世界中に首をのばす九頭竜の路の中枢、いわば首が集まる胴体……というよりもさらにその先、尾にあたるのがマンジュの里への出入り口。
 途中幾度となく魔物と交戦しながらも暗い地下通路を抜け、大陸から離れひっそり浮かぶ島を訪れたカカオ達は、目の前に広がる光景に一瞬言葉を奪われた。

「わぁ……!」

 感嘆の声をあげるメリーゼの、左右で色の違う瞳に映る鮮やかな色彩。
 建物の様式、人々の服装、木々から舞い落ちる葉のひとつに至るまで全てが中央大陸グランマニエとはまるで違う“異文化”の彩り。
 風雅の里マンジュは、その独自の景観の美しさをもって一行を迎え入れた。

「綺麗……ここが、マンジュの里……」
「なんとなくだが、王都よりも空気が湿っているような気がするな……」

 種族柄か空気の変化に敏感らしく、クローテは辺りを見回しそう呟いた。

 と、

「あら、珍しいお客さんね」

 生きた絵画を見ているような心地で立ち尽くしていた彼らの背後から、ふいに艶かしい女性の声。

(えっ、気配が……!?)

 その接近に気付けず、咄嗟に振り向いた先には一人の美女。
 紫黒のややつり上がった目、同色のゆるくウェーブがかった髪。
 年頃はメリーゼの母と同じくらいだが、白を基調とした体のラインを隠しもしないドレスの大きく開いたスリットから覗く美脚も、豊かな胸元や整ったプロポーションも、思わず息を呑むものだった。

「すっげー美人……けど、只者じゃないな……」
「あらぁ、どうも♪ 貴方もワイルドで素敵よ、ブオルさん?」

 美女に微笑みかけられ、ブオルの目が僅かに見開かれる。
 この時代ではとうの昔に死んだ人物である自分の名前を言い当てられるなどとは、思いもしなかったからだ。

「ふふ、カッセから報告は聞いているわ。もっとも、あたしは貴方の姿は知っているのだけれど」
『そ、そうですね……』

 ぎく、と風の大精霊が身を硬直させると女性は唇の両端を上げてくすくす笑う。

「自己紹介がまだだったわね。あたしはイシェルナ。今はマンジュの里で長をしているわ」
『イシェルナは二十年前の仲間の一人でもあるんだよ』

 ランシッドの紹介を受け「英雄……」と呟くカカオ。

「英雄なんて響き、あたしには似合いもしなくて笑っちゃうんだけどね……立ち話も何だから、中に入りましょう。こっちよ」
「あ、は、はい……」

 英雄を前にしているからか、マンジュの長だからか、それとも女神を思わせる美女相手の緊張からだろうか。
 いつもの調子をなくしたカカオのおとなしさに、仲間達は誰ともなしに顔を見合わせる。

「カカオ兄もやっぱああいうばいんばいんなのがタイプなのかなぁ、メリーゼ姉」
「ば、ばいんばいん……?」

 こっそりそんな風に耳打ちするモカの言葉の意味を考えたメリーゼは、一拍おいて自らの動きを妨げない慎ましい胸部に視線を落とすのだった。
2/5ページ
スキ