10~旅立ちを前に~

 王城の客室は城下町にあるベッドよりも更にふかふかで寝心地のよいものがあったが、カカオはそこに腰掛けて、くつろぐでもなくふたつの腕輪を見つめていた。

(これが、多くの人を救ったじいちゃんの……英雄の腕輪……)

 名工ガトーが作った、特殊な黒い化物に対抗する力を得られる腕輪。

 ひとつは自分の、もうひとつは太い腕に填められなかったブオルのもので、サイズを直すために預かったものである。
 触れてじっと見るだけで、未熟な駆け出し職人のカカオにもこれは相当な技術と想いが注がれたものだとわかった。

 そして、それを改めて右腕に通す。

「――!」

 どくん、と己の胸が高鳴り、刃が研がれるように感覚が鋭くなっていくのを感じたカカオは、もう一度腕輪に視線を落とす。

『感じましたか?』
「うわ!」

 と、ふいに声をかけられ、思わず飛び退くカカオ。
 くすくすと笑うのはてのひらに乗るような小さな、翼の生えた少女の姿をした風の大精霊だった。

「きゅ、急に出てくんなよ、びっくりしただろ!」
『わたしは先程からずっといました。それに、実体化だってまだしていませんよ』
「……へ?」

 実体化していない精霊はその属性の適性の高い者にしか見えないはずだ。
 つまり、彼女の話が本当なら、今のカカオはそれだけの力が引き出されていることになる。

「なんか、精霊をすごく近くに感じる……これがじいちゃんの言っていたことなのか……?」
『名工ガトー……彼は精霊と対話しながらその力を借り、作品に魂を吹き込む職人なのです』
「あ……」

――“声”に耳を傾けられるようにならねえとな――

 祖父の言葉が頭の中で響く。

(そっか……じいちゃんはこの事を……)

 無我夢中で憧れの技術を追い求めていたあの時は意味がわからなかったものが、今なら少しだけ……その背中はまだ遠い先にあれど、ほんの少し、輪郭が見えた気がした。

「……よし!」
『大丈夫ですか?』
「そりゃ、やっぱ怖いけど……踏み出さなきゃ、その先は見えねえんだ。だから、オレが未熟で足りない時は助けてくれ……風花」

 爽やかに澄み渡るような緑色をした青年の瞳は憧れの職人の作品に手を加えることに対する怖れを抱きつつも、前を向くことをやめない。

 そんな彼の姿を見た精霊は、

(真っ直ぐな方ですね……スタード様、貴方の代わりにわたしがしばらく彼らを見守ります。貴方の目となり、耳となって……)

 今は眠りについている主のため、ひとつの決意を固めるのであった。
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