9~会議室の嵐~

 カカオ達がいるグランマニエからは遠く、乾いた大地が広がる東大陸ジャンドゥーヤ。
 神子姫の里と呼ばれるパスティヤージュの空に、一羽の羽ばたきが近付いてきた。

「来たのね、モカちゃん」

 手紙を携えやって来た伝書鳥の訪れを予め知っていたかのように微笑み迎える一人の少女。
 わずかばかり砂を含む湿り気のない風がやわらかな淡い金髪をふわり、遊ばせる。

 伝書鳥から数枚にわたる紙を受け取った彼女はその内容にターコイズの目を細め、左から右へ視線を動かし、文字を拾っていく。

 中身は元気よく綴られた友人の冒険記で、遠い別大陸で状況を知らないこの少女も笑みをこぼし、また未知へのときめきに胸を膨らませた。

……と、

「……モカちゃんが、危ない」

 ぷっくりとした形の良い唇が、微かに震えた。
 先程まで楽しく手紙を読んでいた彼女の胸中に突如、えも言われぬ不安が泉が湧き出るように生まれたのだ。

 神子姫の血を引くゆえか、それともただの杞憂なのか……それにしては、少女の呟きは確信的な響きがあった。

「助けに行きたい……けど、今のあたしじゃあ……」

 まだ幼さの残る彼女には術者の心得があるが、天賦の才を早々と開花させている友人と比べるとまだまだ未熟で見劣りのするものだった。

 今の自分が助けに駆けつけても足手まといにしかならない。
 だが、感じている不安は紛れもなく“今”のもの。

(力が……力が欲しい……モカちゃんを助けられる力が……!)

 少女の切なる願い、祈りは何処かへ届くのか……それはまだ、誰も知らないのであった。


――――


「ぶぇくちっ!」

 王都、マーブラム城の会議室にて。
 静まり返ったやたらと広い室内に、少女の盛大なくしゃみが響き渡った。

「はしたないぞ、モカ」
「うー、だってだってクロ兄ぃ、急に来たんだからしょーがないじゃん」

 隣の席で眉間にシワを寄せながらハンカチを差し出すクローテを、なんだかんだお兄ちゃんなんだなとブオルが微笑ましく見ていた。

「……それで、街の被害は?」

 奥の席に座る英雄王ランスロット……かつての仲間、トランシュに促され、カッセは椅子から立ち上がる。

「損壊箇所がいくつかと軽傷者数名、デュー殿とスタード殿の迅速な判断と行動により被害は最小限で済んだでござるよ」
「お前もその一人だろう」

 何を他人事のように言っているんだ、とモラセスに指摘されたカッセの目が僅かに泳ぐが、咳払いをひとつして仕切り直すと報告を続けた。
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