8~英雄から、未来の英雄へ~

 それを知らぬ年若い者にとっては、未知の恐怖。

 そして、かつてのそれを知る者にとっては、忘れえぬ恐怖。

 外の悲鳴を聞きつけて飛び出したカカオ達を待っていたのは、黒く歪な異形……アラカルティアに住まう魔物とも、ここ最近でカカオ達が対峙した生の気配を感じない硬質な人形とも違う、不気味に蠢く化物の姿だった。

「なんなんだ、こいつら……」
「……父上も“まだ”ご存知ありませんね。あれが我々がかつて戦った災厄……“総てに餓えし者”の眷属です」
「二十年前に大元を倒してから少しずつ数を減らし、程なくして消えた筈なのだがな」

 すぐに対応できるよう感覚を研ぎ澄ませ杖を持ち替えるスタードの説明に付け加えるモラセスの横顔は真剣で、僅かな気の緩みもない。
 彼等の尋常ではない様子から、目の前の状況がどれだけ危険で、また“有り得ない”ことだというのが伝わってくる。

「よくわかんねーけど、倒さねーと街のみんながあぶねえ!」
「待て、カカオ!」

 スタードの制止を振り切って戦鎚を手に駆け出したカカオは、まず近くの使用人に襲い掛かかる魔物を粉砕する。

(なんだ、この手応え……!?)

 武器を握る手に残った違和感……泥でも叩いたような感覚に首を傾げる間もなく、魔物の破片がそれぞれ別の魔物として復活する光景にメリーゼ達が青ざめる。

「うそ、どうして……!」
「やはり浄化をせねばいかんか。となると、この場でそれが可能なのは……」

 モラセスの言葉が終わらないうちに、スタードの足が静かに進み出る。

 ふわ、と長い金髪が尾を引く姿が、妙に一同の目に焼きついた。

「……モラセス様、ランシッド様、父上……後のことはよろしくお願いします」
「スタード……?」

 伏し目がちに振り返る息子が前を向いた瞬間、彼の纏う空気が変わり、同時にブオルの胸がざわついた。

『…………!』
「なに、久方ぶりに君のダンスが見たくなっただけだ」

 どこへともなく笑いかけるスタードだが、相手らしきものは見えない。

 しかし、ただ一人。

(いま、微かに何か……)

 カカオだけはそこに“何か”を感じ取り、それを確かめようとするが……

「千変万化の旅人よ、激しき顔を垣間見せ、取り巻く魍魎を薙ぎ払え」

 穏やかに凪いだ水面を思わせる、その場にそぐわぬ落ち着いた声。

「我が前に具現せよ、“清き風花”!」

 スタードが空手を横に払うと、つむじ風が巻き起こる。

『はい、スタード様……!』

 くるくると風に舞いながらそこから現れたのは、伝書鳥と見紛う大きさの、花の帽子と鳥のような脚が特徴的な翼を生やした少女……風を司る大精霊にしてスタードの契約精霊“清き風花”だった。
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