7~父の瞳~

「ああ、それともうひとつ……ランシッド様」

 静まり返った居間でふいに話題が変わり、時空の精霊は『なんだい?』と返す。

「いやぁ、この時代に来てから、どうも調子が悪いというか……いつもの力の半分ぐらいしか出ないのですが」
「うっそぉ、アレでっ!?」

 ブオルの発言にモカが驚きの声をあげる。
 先程の戦闘で見せた彼の力は確かに凄いものだったが、伝説と呼ばれる歴戦の騎士団長のそれとしては不足しているように感じた……と、クローテは最中に垣間見たブオルの表情と照らし合わせて納得していた。

『うーん……本来ならこの時代にいない人間が、正規の……っていうか俺の力も使わずに転移してしまったから、それでなんかあるのかも?』

 なにせ前例がないからねえ、とランシッドは首を捻る。

「少し動いたらちょっとだけ勘が戻った気がするけど、なんか不安でなあ……」
「それならそのうち元に戻れるんじゃねーの? おっさん今のままでも強ぇんだし、ちょっとずつ取り戻していけばいいだろ」

 楽観的が過ぎるともとれるカカオの発言だが、弱体化していてもブオルの能力は彼らと並ぶかそれ以上で、頼もしいことには違いなかった。

「その頃にはオレ達もおっさんに負けねえくらい強くなってるかもだけどな!」
「ほっほーう、言ったな?」

 にっ、と歯を見せて不敵にそう言う青年に、ブオルも同様の笑みを返す。

 そんなやりとりを眺め、一段落ついたと判断したモラセスは宙を漂う時精霊に目を向けた。

「それでランシッド、今後はどうするつもりだ?」
『そうだなあ、まだわからない事が多すぎるし……』

 と、ランシッドが考え込もうとしたその時。

「きゃあああああ!」
「ば、化物だー!」

 穏やかな空気を一瞬にして切り裂く悲鳴が、屋敷の外から聴こえてきた。

「!」
「なんだ!?」

 結界で覆われた、どこよりも安全な王都でこんなことは起きるはずがない。
 しかしそんな考えを巡らせる間もなく、弾かれたようにカカオ達は外に飛び出した。

 そこで見たものは。

「なんだよ、これ……」

 庭園を踏み荒らし、使用人達を襲う黒い化物の姿。
 通常遭遇するようなこの世界の一部として存在する魔物とも、先程戦ってきた無機質な刺客とも違う未知の禍々しくおぞましい姿にカカオ達の顔が嫌悪感や恐怖で歪む。

 そんな中で、

「馬鹿な、こいつは……!」
『嘘だろ……』

 モラセスとスタード、そしてランシッドの反応は、彼らとは明らかに違ったものだった。
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