7~父の瞳~

 緑も花も自然のものも何一つない、どこまでも広がる異空間。
 いくら暴れても叫んでもここだけのことと処理される、外界とは切り離されたこの空間は、時空の精霊であるランシッドが過去世界への干渉を避けるために造り出したものだ。

「む……なんだこれは。始末対象が、消えた……?」
「消えたのはお前の方だ。あの場にとっての“異物”としてな」

 やわらかく癖のある銀髪を揺らし、クローテが異物に狙いを定め腰を落として構える。
 色素の薄い睫毛を伏せた切れ長の目は、瞳の青藍とは対照的な紅を端に差しており、その鋭さを増している。

「貴様らは……」

 ギギ、と人体ではあり得ない軋んだ音を立てて魔物が振り向いた。

「こいつが、話に聞いてた……」

 ショッキングなものを見てしまった直後だがどうにか持ち直し、ブオルは敵とおぼしきモノに視線を向ける。
 メリーゼが「そうです」と口を開いた。

「……恐らくあのまま忍び寄りスタード様にとどめを刺して、モラセス様が殺したように見せるつもりだったのでしょう」
「そこまでわかっているとは、この娘……いや、貴様らは何者だ?」

 平面的な図形ばかりで形成された冷たく表情のない人形はメリーゼ達に問いかけるが、

「そんなのどうだっていいだろ。お前には退場してもらうんだからな!」
「ふむ、それもそうか……」
「おりょ、ものわかりがいい?」

 カカオが言い放ったことにあっさり頷いた相手を不思議に思うモカだったが化物は静かに両腕を掲げ……

「だが退場するのはお前達だ!」

 すぐさま突進を仕掛け、その腕を払って攻撃してきた。

「そう来ると思ったぜ!」

 この魔物がそう簡単に引き下がるはずがないことも、挑発した自分から狙われるだろうことも予測していたカカオは後方に跳んでかわすと着地した足に力をこめて戻り、その流れに乗せて戦鎚を振り上げた。

(殻くっつけたひよっこって言うからどれぐらいかと思えば……やっぱ何回かアレを倒してるだけのことはあるか。あんな不気味な奴相手に……)

 あんな見た目にも異質な化物、見ただけで竦みあがっても不思議じゃないのに……と、同様に戦闘態勢に入った若者達に視線を配りながらブオルは感心していた。

「ブオル殿、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。今は目の前の敵を叩くだけだ!」

 曾孫に声をかけられ、片手で己の頬をぱしんと叩いて喝を入れると、ブオルの背中……いつの間にかランシッドが転移させておいてくれたのだろう、携えられた大きな斧にもう片方の手をかけた。

「おっさん、剣じゃなくて斧使うのかよ」
「剣も槍も一通り扱えるけどこっちの方が得意でなっ」

 前線に駆けつけるとカカオにそう応えながら豪快に斧を振り回す。
 もしランシッドが用意した異空間の中でなければ、今のひと振りでモラセスの想い出の花畑はあっという間に散らされていただろう。

 と、

「……ん?」

 奇妙な違和感をおぼえたらしいブオルが、僅かに怪訝そうな顔をした。

「無駄に馬鹿力はあるみたいだが、当たらなければ意味がないぞ!」
「当てるつもりで振ってねえよ。本命は……」
「!」

 言い終わらないうちに背後からギュルル、と回転しながら飛ぶ水の刃が接近していたことに気付いた化物は咄嗟に三角形の平たい腕でガードしようとするが遅かった。

「うっ、ぐうっ……!」

 一発、二発目はどうにか凌いでも弧を描きバラバラに飛来する三、四発目までは捌けずに直撃する。

「よっしゃ!」
「気を抜くな、畳み掛けるんだ!」

 術を放ったクローテは幼馴染みにそう言って化物の動きに警戒した。

「なんだ、こいつらは……!」

 思ったより戦い慣れたカカオ達に、メリーゼやランシッドの能力。

 彼等の力は、確実にこの化物や彼の背後に潜む者にとって“脅威”となりつつあった。
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