終章~語られざる物語~

 乱された旋律は、本来の調べに。

 歯車を正しい位置に戻し、何事もなかったかのように時は再び流れだした。

 空にいくつかの星の輝きが戻ったことも、気づく者はいない。

 歴史修正の裏にあった英雄たちの物語を知る者は、誰も……誰も。



――――


「じいちゃん、ガトーじいちゃん!」

 職人の街フォンダンシティの工房に今日も元気な声が響く。

 マナを喰らう異質な魔物と障気をばらまき、最後には隕石で滅ぼそうとした“総てに餓えし者”という化物と、とある英雄達の戦いから約二十年。
 当時そこで戦ういち騎士だった英雄王ランスロット……トランシュの統治のもと、人々は穏やかな時間を過ごしていた。

「なんでえ、何度も呼ばなくたって聴こえらあ」

 ぼりぼりと頭を掻きながら自室から出てきたのはこの工房の主にして世界的な名工、ガトー。
 齢七十を迎えたその顔には深く年輪が刻まれ、ただでさえ鬼瓦のようだったところにさらに凄味を増しているが、彼の本質を知る者達からは構わず慕われている。
 そして……

「今日こそマナの注ぎ方、教えてくれよ!」

 緑の目をきらきらさせてそう言う青年はガトーの孫、カカオ。
 鋭く白目の割合が多い大きな目に元気よく跳ね赤みがかった茶髪、浅黒い肌にしっかりついた筋肉。
 祖父と比べるとやや線が細いが、全体的な雰囲気は若い頃の彼を彷彿とさせる、と周囲からはよく言われる。

「……またそれかよ」

 何度目かになる孫の言葉に、ガトーは特大の溜め息を吐き出した。
 ガトーが名工と呼ばれる所以のひとつに、作品にマナを注ぐ技術がある。
 仕上げに行われるそれはまるで生命を吹き込むかのようで、周囲で淡く輝くマナが幻想的な光景でもあり、作品の質をより高める行為でもある。
 カカオが両親が暮らす北大陸クリスタリゼを離れてここ中央大陸のガトーのもとにいるのは、彼の職人としての姿に惚れ込み、押し掛け弟子になったからだ。

「悪いがカカオ、今のおめえにゃまだ…………」

 と、ガトーはそこで言葉を止め、じっとカカオを見つめる。

「じいちゃん?」
「……カカオ、ちょっと今やってみろよ」
「へっ!?」

 きょとん、と祖父とよく似た色味の瞳が瞬き、見開かれる。
 ガトーはたまに直感や思いつきで突拍子のないことを言い出すことがあるが、まさかそんな高等技術をちょっとやってみろなんて軽く言われるとは思わなくて。

「なんでだろうな、今のおめえなら“声”に耳を傾けられそうな気がしてな」
「“声”……?」
「対象を決めてちっと意識を集中してみろ。感覚を尖らせて……嬢ちゃん、メリーゼの剣みたいに研ぎ澄ませるんだよ」
「メリーゼの、剣……」

 半信半疑になりながら、言われた通りに近くにあったブレスレットに両手を翳し、集中すると……

「!」

 ぶわ、と周囲の空気が変わり、言葉にならない“声”がカカオの耳に届いた。

 マナの輝きと同時に、あるはずのない記憶たちも、色鮮やかに甦って。
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