65~交わり、集う~
時の女神を失い大規模な時空干渉を行えなくなったテラは、各地に魔物を送り込み、人々に恐怖と混乱を与えた。
世界の中心である王都も、小さな村にも、北の都や東の里……あらゆる場所で同時に起きた魔物の大量発生は、戦う力を持たぬ者たちに世界の終わりを錯覚させるには充分なものだった。
「みんな、早く学校に! ここは俺が食い止める!」
ひとりの若き騎士が村人たちを誘導し、勇ましく魔物に立ち向かう。
元は孤児院であったシブースト村の学校は、いざという時の避難施設にもなる。
かつてはこの青年騎士……カネルも、そこに逃げ込んで震える子供だったのだが、二十年の歳月で彼はたくましい若者に成長していた。
「無理はするでないぞ、カネル!」
「ミレニアねーちゃんの詠唱の時間稼ぎが必要だろ!」
そのかわりでっかいの頼む、と言いながら飛びかかってきた魔物の一体を切り払う。
「ほんに可愛くなくなったのう……」
溜息を吐いて詠唱の準備を始めたのは村のアイドルでカネルたちに姉のように慕われ、同時に二十年前の英雄でもある女性、ミレニア。
村を襲う魔物の数は多く、おまけに再生能力も高いため、彼女が得意とするような高威力広範囲の魔術で一掃するのが最良だろう。
「……時間、稼げるかな」
目の前に迫る黒い化物と対峙して、カネルは密かに弱音を零す。
二十年前、まだ小さかったカネルは孤児院の窓から騎士たちの戦いを見ていた。
(しっかりしろ。今は俺がみんなを守るんだ……あの人のように!)
決心と共に強く踏み込み、薙ぎ払う。
事前に装備していた名工の腕輪のお陰で、その剣は通常の攻撃が効かないとされる黒い魔物の皮膚を切り裂いた。
「よしっ、ダメージが通る!」
だが、それだけ。
デューが騎士団の人員を送ってくれたとはいえ、相手の数が多すぎる。
周囲で展開される戦闘も、あまり優位とは言えない……チラリと窺ったカネルに生じた一瞬の隙を飢えた魔物は見逃さなかった。
「!」
同時に飛びかかる二体の魔物に咄嗟の反応が遅れる。
一体がカネルの体勢を崩し、懐を鋭い爪で深く抉った。
「カネル!」
「ぐっ……このっ!」
しかしカネルはすぐさま持ち直すと、剣を持ち替えて鋭い突きを放ち、魔物を貫く。
先程受けたダメージはどうしたのか……疑問に思うミレニアだったが、
「苦戦しているようだな」
「その声は……」
黒衣を翻し、カネルと魔物の間に突如割って入る長身の男。
青みがかった黒髪が動きに合わせて揺れ、冷めた水浅葱の目が魔物を捉えると、もう一体を難なく斬り捨てる。
「グラッセさ……」
「集中しろ、カネル・パイス。説教は後でしてやる」
「……はい!」
それは、二十年前に見ていたものとよく似た憧れの後ろ姿で。
あの時との違い、当時つけていた仮面は今はカネルの懐にお守りがわりにしまわれている。
「さて……どいつから噛みついてやろうか?」
グラッセはそう言うと獰猛な笑みを覗かせた。
よく似た顔立ちの兄とはまるで違う、彼ならではの顔であった。
世界の中心である王都も、小さな村にも、北の都や東の里……あらゆる場所で同時に起きた魔物の大量発生は、戦う力を持たぬ者たちに世界の終わりを錯覚させるには充分なものだった。
「みんな、早く学校に! ここは俺が食い止める!」
ひとりの若き騎士が村人たちを誘導し、勇ましく魔物に立ち向かう。
元は孤児院であったシブースト村の学校は、いざという時の避難施設にもなる。
かつてはこの青年騎士……カネルも、そこに逃げ込んで震える子供だったのだが、二十年の歳月で彼はたくましい若者に成長していた。
「無理はするでないぞ、カネル!」
「ミレニアねーちゃんの詠唱の時間稼ぎが必要だろ!」
そのかわりでっかいの頼む、と言いながら飛びかかってきた魔物の一体を切り払う。
「ほんに可愛くなくなったのう……」
溜息を吐いて詠唱の準備を始めたのは村のアイドルでカネルたちに姉のように慕われ、同時に二十年前の英雄でもある女性、ミレニア。
村を襲う魔物の数は多く、おまけに再生能力も高いため、彼女が得意とするような高威力広範囲の魔術で一掃するのが最良だろう。
「……時間、稼げるかな」
目の前に迫る黒い化物と対峙して、カネルは密かに弱音を零す。
二十年前、まだ小さかったカネルは孤児院の窓から騎士たちの戦いを見ていた。
(しっかりしろ。今は俺がみんなを守るんだ……あの人のように!)
決心と共に強く踏み込み、薙ぎ払う。
事前に装備していた名工の腕輪のお陰で、その剣は通常の攻撃が効かないとされる黒い魔物の皮膚を切り裂いた。
「よしっ、ダメージが通る!」
だが、それだけ。
デューが騎士団の人員を送ってくれたとはいえ、相手の数が多すぎる。
周囲で展開される戦闘も、あまり優位とは言えない……チラリと窺ったカネルに生じた一瞬の隙を飢えた魔物は見逃さなかった。
「!」
同時に飛びかかる二体の魔物に咄嗟の反応が遅れる。
一体がカネルの体勢を崩し、懐を鋭い爪で深く抉った。
「カネル!」
「ぐっ……このっ!」
しかしカネルはすぐさま持ち直すと、剣を持ち替えて鋭い突きを放ち、魔物を貫く。
先程受けたダメージはどうしたのか……疑問に思うミレニアだったが、
「苦戦しているようだな」
「その声は……」
黒衣を翻し、カネルと魔物の間に突如割って入る長身の男。
青みがかった黒髪が動きに合わせて揺れ、冷めた水浅葱の目が魔物を捉えると、もう一体を難なく斬り捨てる。
「グラッセさ……」
「集中しろ、カネル・パイス。説教は後でしてやる」
「……はい!」
それは、二十年前に見ていたものとよく似た憧れの後ろ姿で。
あの時との違い、当時つけていた仮面は今はカネルの懐にお守りがわりにしまわれている。
「さて……どいつから噛みついてやろうか?」
グラッセはそう言うと獰猛な笑みを覗かせた。
よく似た顔立ちの兄とはまるで違う、彼ならではの顔であった。