65~交わり、集う~
――――どくん、どくんと脈打つ音だけが響いていた深淵。
じっと目を閉じ佇んでいた道化師は、ゆっくりとその瞼を上げた。
「……時の女神が切り離された、か」
呟く声に熱はなく、ひどく淡々として。
ただ述べただけの事実にさほど執着していない、そんな様子だった。
「無駄なことを。ほんの少し寿命が延びた程度で……」
今の道化師には、それだけのことだった。
どのみち彼らはやって来るのだから、叩き潰して女神を奪い返せば同じことなのだ。
とはいえ、一時的に時空干渉を止められてしまった道化師はくるくると華奢な手を遊ばせて空間に穴を開ける。
「……それにまだ、女神の力は残っている。このくらいのことはできるぞ、アラカルティアの羽虫ども」
ニタリ、形だけの笑みを浮かべたその顔は、ひどくいびつなモノだった……――――
「……来たわね」
異変に真っ先に気づいたのは、独自の里で暮らす族長であり、かつての英雄……イシェルナだった。
彼女は足下にのびる影へと視線を落とし、艶やかな唇を動かした。
「フィノちゃん、聞こえる?」
呼びかける相手は遠く東大陸に暮らす仲間、フィノ。
闇の大精霊“深き安寧”と契約し、世界中の影と繋がることができる彼女はそこから世界の様子を知り、発信することができる。
『イシェルナさん……この感じはもしかして』
「さすが最強の神子姫、勘がいいわね。そう、テラが動き始めたわ」
今、この時、イシェルナの影はパスティヤージュにいるフィノと繋がっていた。
彼女はこの力と各地に配置した諜報員からの情報で世界中の状況をいち早く知り、マンジュの民に指示を出すのだ。
「代わりに嫌な感じがひとつ消えた……きっとあの子たちが何かしたのね」
テラが時空干渉を行うための力の源であった時の女神がテラから離れたため、このアラカルティアに行われていた特大規模の干渉は中断された。
過去に一度時空干渉を受けたことがあるイシェルナは、その感覚におぼえがある。
『イシェルナさんでもわからないことがあるんですね』
「さすがに異世界のことまでは、ね。それよりフィノ、わかってるわね?」
『ええ。パスティヤージュにはわたしたちがいますから、守り抜いてみせます』
「旦那さんとのコンビネーション、あたしも見たかったわ。でもこっちもこっちで……」
と、会話の途中でイシェルナは鋭い後ろ回し蹴りを放つ。
彼女の死角から忍び寄っていた黒い化物は、それをまともに喰らって四散した。
ふう、と息を吐き、紫黒の髪をサラリと流して何事もなかったように美女は話に戻る。
「……まったくもう」
『イシェルナさん?』
「テラってヤツもつまんないわね。二十年前の焼き増ししかできないなんて」
『そうですね。甘く見られたものです』
影の向こうで空気が変わる気配がした。
恐らくパスティヤージュでも同様に“始まった”のかもしれない。
『それじゃあ張り切って、わたしたちの底力を見せつけてあげましょ!』
「この世界に生きるものたちの、ね!」
互いに笑って、それを合図に遠方の影との接続を切り離す。
「ししょー、お話は……」
「終わったわ、ガレ君。それじゃ、気合い入れていくわよ!」
「しょ、承知いたした!」
てのひらに拳を打ちつける乾いた音が響く。
同時にどこかでシャランと、旅の間によく聴いた鳴子の音が聴こえた気がした。
じっと目を閉じ佇んでいた道化師は、ゆっくりとその瞼を上げた。
「……時の女神が切り離された、か」
呟く声に熱はなく、ひどく淡々として。
ただ述べただけの事実にさほど執着していない、そんな様子だった。
「無駄なことを。ほんの少し寿命が延びた程度で……」
今の道化師には、それだけのことだった。
どのみち彼らはやって来るのだから、叩き潰して女神を奪い返せば同じことなのだ。
とはいえ、一時的に時空干渉を止められてしまった道化師はくるくると華奢な手を遊ばせて空間に穴を開ける。
「……それにまだ、女神の力は残っている。このくらいのことはできるぞ、アラカルティアの羽虫ども」
ニタリ、形だけの笑みを浮かべたその顔は、ひどくいびつなモノだった……――――
「……来たわね」
異変に真っ先に気づいたのは、独自の里で暮らす族長であり、かつての英雄……イシェルナだった。
彼女は足下にのびる影へと視線を落とし、艶やかな唇を動かした。
「フィノちゃん、聞こえる?」
呼びかける相手は遠く東大陸に暮らす仲間、フィノ。
闇の大精霊“深き安寧”と契約し、世界中の影と繋がることができる彼女はそこから世界の様子を知り、発信することができる。
『イシェルナさん……この感じはもしかして』
「さすが最強の神子姫、勘がいいわね。そう、テラが動き始めたわ」
今、この時、イシェルナの影はパスティヤージュにいるフィノと繋がっていた。
彼女はこの力と各地に配置した諜報員からの情報で世界中の状況をいち早く知り、マンジュの民に指示を出すのだ。
「代わりに嫌な感じがひとつ消えた……きっとあの子たちが何かしたのね」
テラが時空干渉を行うための力の源であった時の女神がテラから離れたため、このアラカルティアに行われていた特大規模の干渉は中断された。
過去に一度時空干渉を受けたことがあるイシェルナは、その感覚におぼえがある。
『イシェルナさんでもわからないことがあるんですね』
「さすがに異世界のことまでは、ね。それよりフィノ、わかってるわね?」
『ええ。パスティヤージュにはわたしたちがいますから、守り抜いてみせます』
「旦那さんとのコンビネーション、あたしも見たかったわ。でもこっちもこっちで……」
と、会話の途中でイシェルナは鋭い後ろ回し蹴りを放つ。
彼女の死角から忍び寄っていた黒い化物は、それをまともに喰らって四散した。
ふう、と息を吐き、紫黒の髪をサラリと流して何事もなかったように美女は話に戻る。
「……まったくもう」
『イシェルナさん?』
「テラってヤツもつまんないわね。二十年前の焼き増ししかできないなんて」
『そうですね。甘く見られたものです』
影の向こうで空気が変わる気配がした。
恐らくパスティヤージュでも同様に“始まった”のかもしれない。
『それじゃあ張り切って、わたしたちの底力を見せつけてあげましょ!』
「この世界に生きるものたちの、ね!」
互いに笑って、それを合図に遠方の影との接続を切り離す。
「ししょー、お話は……」
「終わったわ、ガレ君。それじゃ、気合い入れていくわよ!」
「しょ、承知いたした!」
てのひらに拳を打ちつける乾いた音が響く。
同時にどこかでシャランと、旅の間によく聴いた鳴子の音が聴こえた気がした。