64~剣と鞘と~
時の女神は静かに語る。
『テラに力を使われ続けている間、私はあの者の所業を全て見て……見せられていました』
テラが時空の女神の力を使って滅ぼした世界はひとつふたつではない。
奪われた自身の能力で繰り返される残虐な行為をただ見ているだけというのは、どれだけ無念なことか……テラの性格上、敢えて見せつけている可能性すらある。
『人が、自然が、その世界を作り上げてきた営みが、呆気なく壊れていく……そんな光景を見ていることしかできず、己の無力に絶望していたその時……あなたがたの世界と出会いました。私と似た力をもつ者……時空の精霊がいる、テラに対抗する手段を持つ世界と』
女神は祈るように両手を合わせ、指を組んだ。
切れ長の目を閉じると、神秘的な女性の姿は光に包まれ始める。
『アラカルティアの精霊はヒトと契約を結び、互いに力を引き出すことができる。それを知った時、私にも同様のことができないかと考えました。そうすれば力を奪われた私でも、何かの助けになれないかと』
「女神様……」
『多くの悲劇を引き起こす要因となった身として、私はテラを討たねばならない……メリーゼ・フェンデ、私と契約を結んでください』
言い終わると光は形を変え、ひと振りの剣が現れた。
呪縛の光は絡みついたままだが、それでも青白く透き通った刀身には神秘的な輝きが湛えられている。
「この剣は……」
メリーゼがおそるおそる剣の柄に触れると、それは吸いつくほどに彼女の手に馴染む。
同時に、内側に流れ込んでくるもの……時の女神の鼓動を感じ、思わず一度手を放してしまった。
「メリーゼ!?」
「す、すごい……こんな力、わたし……」
自分にこの剣が振るえるのだろうかという不安と、未知の力への恐怖。
カカオはメリーゼに寄り添うと、震える小さな手に己のそれを重ね、一緒に柄を握らせた。
「……ひとりで無理なら、オレがいる。それでも駄目ならみんなもいる!」
「!」
「だから、受け取ろうぜ。時の女神の想いを」
「カカオ君……」
さっきよりもしっかりと、剣から鼓動を感じる。
これならば……メリーゼが確信した時、剣は再び光に包まれるとテラの呪縛から解き放たれ、形を失い、彼女の中へ。
『カカオ・ランジェ……やはり、あなたは彼女の“鞘”となり得る者ですね』
「鞘?」
『メリーゼが剣ならば、それを守る鞘。だから、私はメリーゼだけではなく、あなたも呼んだのです』
姿はなく声だけ響く時の女神の言葉に、ふたりは妙に納得する心地だった。
剣士であるメリーゼがそのまま剣となるならば、いつも傍にいて彼女を支える、唯一無二の存在であるカカオは鞘という表現がしっくりくる。
「本当。守られて、助けられてばっかり……強いね、カカオ君は」
「なに言ってんだよ、メリーゼ」
カカオは何を今更、といった風にメリーゼに向き合い、言い放つ。
「オレが前に進めるのはお前がいるからだよ。オレひとりじゃ辿り着けないところにも、お前とだったら行けるんだ」
「えっ……?」
しかし至極当たり前のことを言ったに過ぎないはずのカカオは、キョトンと見つめ返すメリーゼの視線に負けて次第に赤面していく。
「だからその……あーっ、無事テラを倒したら言う!」
「そ、そんな、ずるいですよ!」
「いいからみんなのところに戻るぞ!」
ふたりして赤くなりながら、そんなことを言い合って。
これから挑む戦いにどれだけ勝ち目があるかわからないのに、未来を語る彼らは明るく、そして強い。
(眩しいくらいに輝く、未来の光……託しましょう、彼らに)
剣に姿を変えた女神は、内心でそっと微笑む。
心から笑ったのはいつぶりだろうか……そう思いながら、ふたりを優しく見守っていた。
『テラに力を使われ続けている間、私はあの者の所業を全て見て……見せられていました』
テラが時空の女神の力を使って滅ぼした世界はひとつふたつではない。
奪われた自身の能力で繰り返される残虐な行為をただ見ているだけというのは、どれだけ無念なことか……テラの性格上、敢えて見せつけている可能性すらある。
『人が、自然が、その世界を作り上げてきた営みが、呆気なく壊れていく……そんな光景を見ていることしかできず、己の無力に絶望していたその時……あなたがたの世界と出会いました。私と似た力をもつ者……時空の精霊がいる、テラに対抗する手段を持つ世界と』
女神は祈るように両手を合わせ、指を組んだ。
切れ長の目を閉じると、神秘的な女性の姿は光に包まれ始める。
『アラカルティアの精霊はヒトと契約を結び、互いに力を引き出すことができる。それを知った時、私にも同様のことができないかと考えました。そうすれば力を奪われた私でも、何かの助けになれないかと』
「女神様……」
『多くの悲劇を引き起こす要因となった身として、私はテラを討たねばならない……メリーゼ・フェンデ、私と契約を結んでください』
言い終わると光は形を変え、ひと振りの剣が現れた。
呪縛の光は絡みついたままだが、それでも青白く透き通った刀身には神秘的な輝きが湛えられている。
「この剣は……」
メリーゼがおそるおそる剣の柄に触れると、それは吸いつくほどに彼女の手に馴染む。
同時に、内側に流れ込んでくるもの……時の女神の鼓動を感じ、思わず一度手を放してしまった。
「メリーゼ!?」
「す、すごい……こんな力、わたし……」
自分にこの剣が振るえるのだろうかという不安と、未知の力への恐怖。
カカオはメリーゼに寄り添うと、震える小さな手に己のそれを重ね、一緒に柄を握らせた。
「……ひとりで無理なら、オレがいる。それでも駄目ならみんなもいる!」
「!」
「だから、受け取ろうぜ。時の女神の想いを」
「カカオ君……」
さっきよりもしっかりと、剣から鼓動を感じる。
これならば……メリーゼが確信した時、剣は再び光に包まれるとテラの呪縛から解き放たれ、形を失い、彼女の中へ。
『カカオ・ランジェ……やはり、あなたは彼女の“鞘”となり得る者ですね』
「鞘?」
『メリーゼが剣ならば、それを守る鞘。だから、私はメリーゼだけではなく、あなたも呼んだのです』
姿はなく声だけ響く時の女神の言葉に、ふたりは妙に納得する心地だった。
剣士であるメリーゼがそのまま剣となるならば、いつも傍にいて彼女を支える、唯一無二の存在であるカカオは鞘という表現がしっくりくる。
「本当。守られて、助けられてばっかり……強いね、カカオ君は」
「なに言ってんだよ、メリーゼ」
カカオは何を今更、といった風にメリーゼに向き合い、言い放つ。
「オレが前に進めるのはお前がいるからだよ。オレひとりじゃ辿り着けないところにも、お前とだったら行けるんだ」
「えっ……?」
しかし至極当たり前のことを言ったに過ぎないはずのカカオは、キョトンと見つめ返すメリーゼの視線に負けて次第に赤面していく。
「だからその……あーっ、無事テラを倒したら言う!」
「そ、そんな、ずるいですよ!」
「いいからみんなのところに戻るぞ!」
ふたりして赤くなりながら、そんなことを言い合って。
これから挑む戦いにどれだけ勝ち目があるかわからないのに、未来を語る彼らは明るく、そして強い。
(眩しいくらいに輝く、未来の光……託しましょう、彼らに)
剣に姿を変えた女神は、内心でそっと微笑む。
心から笑ったのはいつぶりだろうか……そう思いながら、ふたりを優しく見守っていた。