序章~乱される調律~

 そんな平和な時間がいつまでも続くと思われた、その時だった。

「あれ?」

 頭を撫でていた祖父の手の感触が変わり、不思議に思ったカカオが顔を上げると……

「な、なんだこれ、体が……」

 ガトーの体の部分部分が、半透明になったり戻ったり……映像が乱れるように、不安定になっていた。

「じい、ちゃん……?」
「ガトー様!」
「こっ……こいつぁ一体なにごとだ!?」

 透けた己の両手を見つめ、目を見開くガトーだったが、

「……おい、いるんだろランシッド! この状況、何かわからねえか?」

 と、この場の誰でもない者を呼びつけた。
 するとメリーゼの短剣の石が輝きだし、一人の男が姿を現す。

『なんでついて来たのバレてるかなあ……』
「お、お父様……!」

 明らかにヒトではないそれを父と呼んだメリーゼ。
 だが急に現れたことについては、ガトー以外は驚きを隠せなかった。

「何言ってやがる、そのお守りは俺が作ったもんだぞ。何か変化がありゃすぐわからぁ。それよりも、だ」
『うん、普通は有り得ないことだと思うんだけど……今ガトーは“時空干渉”を受けてる』

 時空干渉。

 耳慣れない言葉に一同は首を傾げる。

『この時代、本来ならいるはずのガトーの存在が消えかかってる……過去のどこかで、ガトーが消されようとしているんだ。そうなると当然、過去から続いた先の現代にも存在できなくなるからね』

 こんな事が言えるランシッドは、カカオ達が生きる世界がアラカルティアと呼ばれるようになってからの最初の王にして、死後は時空の精霊“時の調律者”となった男だ。
 特に多くの疑問符を浮かべるカカオにしっかり説明してやると、ランシッドは全員に向き直った。


『今、この時代以外のどこかで、本来起こるべき出来事をねじ曲げ、歴史を変えようとしているヤツがいる』

 彼の表情がただならぬものになっていく理由は、すぐに明かされる。

『単純にガトーだけの問題じゃない。彼がその先起こした事も消えてしまうから、範囲はもっと大きく……最悪世界全体に影響があるかもしれない』
「そ、そりゃ困る!」

 心当たりがあるのか、ガトーが血相を変えて身を乗り出した。

「なんとかできませんか、お父様? 時空の精霊、なのでしょう?」

 メリーゼも胸元においた手に力をこめ、父を見上げた。

『精霊はそういう事に直接干渉できないから俺自身がなんとかするのは……けど、誰かにその時代に行ってもらって、原因を取り除くことならなんとか……』
「じゃあオレが行く!」

 何の迷いもなく言い放ったカカオに、ガトーがすかさず噛みつく。

「ばっ、バカ野郎、おめえ……どんだけ危険なことかわかってんのか!?」

 自分の胸ぐらを掴む祖父の手が、先程よりも存在感をなくしていることに気付いたカカオは、その腕をそっと掴んだ。

「けど他の誰かを探している時間はねーよ。急がないとじいちゃんやじいちゃんが守ったものがなくなるんだろ!」
「っ……けどよ……」

 自分自身だけならともかく周りのことを言われてしまえば、勢いを削がれた祖父は言葉を詰まらせる。

 と、その後ろでメリーゼとクローテが互いに目配せすると、どちらともなく頷きあった。

「カカオ君一人じゃ不安なら、わたしたちも行きます!」
「というか、一般人のカカオに行かせて騎士である我々が行かない訳にはいかないでしょう」
「メリーゼ、クローテ……」

 若者達の決意にランシッドは一瞬辛そうな面持ちになるが、やがて彼等同様意を決して口を開く。

『カカオの言う通り猶予はもうあまりない。君達に任せるしかないみたいだ』
「ランシッド、おめえ……」
『俺は時空を司る精霊としてこの世界の秩序を守らなきゃいけないんだ、ガトー』

 準備はいいかい、と三人に尋ねると、力強い瞳が真っ直ぐに向けられる。

『俺も案内役として同行する……いくよ、三人とも!』
「おう!」
「「はい!」」

 ランシッドが手をかざすとまばゆい光が彼等を包み、自分もろともその姿を何処へともなく消し去ってしまった。

……そして工房には、職人がひとり。

「また……待つことしかできねえのかよ」

 残されたガトーは忌々しげに、己の無力さを悔いるのであった。
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