60~終わりへのスタートライン~

 王都がある中央大陸から遠く離れ、どの大陸にも属さない島がひとつ。
 独特の装束を纏い、独自の文化と情報網をもつ民が住まうマンジュ島の土を……世界中と繋がる地下通路“九頭竜の路”の転移を用いて、久々に踏む青年がいた。

 落ち葉の軽い感触と僅かな音が、静寂の夜に響く。

「こんな夜にどうしたのかしら?」

 すう、と気配なく現れる影。
 カカオが振り向くとそこには闇夜に溶ける黒髪の絶世の美女……マンジュの長であり二十年前の英雄、イシェルナがいた。

「イシェルナさん……奇遇、じゃないですよね」
「当たり前じゃない。あたしはマンジュの長、世界の目よ」

 影に忍ばせた闇の大精霊“深き安寧”が顔を覗かせる。
 デューの契約精霊、水辺の乙女がそこに水さえあれば離れた場所の様子を知ることができるように、彼女は世界中の影から世界を視ることができるらしい。

「ちょっとちっこい方の……ガレの顔を見たくて」

 寝ちゃってますかね、なんて苦笑いしながらカカオはココアブラウンの髪を掻いた。

「決戦が近いのよね」
「……はい」
「そんな時にガレ君に会いに来たのは“分岐した未来の自分”と重ねてかしら?」
「そこまで知って……まあ、そんなところ、です」

 どこかから盗み聞いていたのか、イシェルナは現在のカカオたちの状況をしっかりと把握していた。

「それならシケた顔見せちゃダメよ。ガレ君を安心させられるよう、とびきりの頼もしい笑顔でお兄ちゃんしてあげなさい」
「……はい!」

 ガレ……カカオの旅の仲間である未来のガレの話では、もうひとりのカカオは仲間を喪い、ボロボロの姿で小さなガレの前に現れたらしい。
 そして『これが最後だ』と、時空干渉を食い止める決意を言い残して、そのままどこへともなく消えてしまったという。

(もうひとりのオレが辿った道……そのまま綺麗になぞる気はねぇ。テラを倒して、オレたちも無事に帰るんだ)

 誰も欠けることなく、無事に。

「テラを倒す。終わらせるんじゃなくて、未来へ進むため……必ず帰るんだ」
「その意気よ、青少年!」

 前にも増していい男になったじゃない。

 イシェルナは内心でそう呟きながら、未来の英雄の背中を見つめるのだった。
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