5~時の迷い子~
クローテの家……ティシエール家の屋敷は主人が外出中らしく不在で、幸運にも直接ブオルを見たことがないような若い使用人ばかりだったため、騒ぎにはならなかった。
まあ、そうでなくても五十年前の人物がここにいるなどというのは想像の外になるだろうが……彼の場合はあまりにも容姿が特徴的過ぎる。
「フレスもスタードもおらんのか、つまらん」
「スタードなんか俺の姿見たら心臓止まっちまいますよ。いなくて良かった」
モラセスとカカオ達には居間で待つように言って、ブオルはクローテに屋敷内の案内を頼んだ。
自分の家で案内などと妙な気分だが、彼が知っているティシエール邸と現在のそれではあちこち違うようだ。
真っ直ぐに伸びた廊下を二人分の足音が響くのを聞きながら、ブオルは大きな窓から見える庭をのぞきこむ。
隅々まで手入れが行き届いた庭園の美しさはスタードの心遣いだろうか、などとこの場にはいない息子を想った。
「……やれやれ、とんでもないことになったもんだ」
「ひいおじいさま……」
「ブオルでいい。そう呼ばれるのなんか変な感じだ」
では、と改めてクローテはブオルを見上げる。
「ブオル様」
「様づけもくすぐったいな、さんづけとかでいいって」
「ぶ、ブオル殿……」
「そうきたか。生真面目なのはスタード似か?」
生真面目で堅苦しさが抜けないのはどちらかと言うと父のフレスに似ているのだが、ブオルにとってはフレスは孫でまだ小さな赤ん坊だ。
クローテは否定も肯定もせず、話題を次へ移した。
「……ブオル殿は、モラセス様の姿を見て一目ですぐにわかったのですか?」
人間にとって五十年の歳月は大きい。
過去の世界では今の英雄王より若いくらいの主君がいきなり年老いた姿で現れてそれとわかるのか、ああも当たり前のように慣れた会話を交わせるのか。
そう問われたブオルはしばし考えると、その大きな手でクローテの頭を撫でた。
「そうだな、一瞬わからなかった。いきなり未来に飛んだなんてこと自体がすぐには受け入れられてなかったからな。けど……」
「けど?」
クローテの鸚鵡返しに、ふ、と日溜まりのような橙の目が優しく細められる。
「あの人、俺を見た時にガキの顔になったんだよ。探してた父親を見付けたガキの……俺のよく知ってる、モラセス王の顔にな」
あの厳ついじいさんがだぞ、と笑いながら言うブオルの表情は穏やかで、
(……そして、ちょっと泣きそうにも見えたそれを見て、ああ、俺は本当にこの時代にはいない人間なんだなって……)
同時に、少し寂しげでもあった。
「王様には内緒だぞ」なんておどけて誤魔化す曾祖父のぎこちなさには触れずに、
「その王様をあまり待たせてはいけませんね」
クローテはそう返して、微笑むのだった。
まあ、そうでなくても五十年前の人物がここにいるなどというのは想像の外になるだろうが……彼の場合はあまりにも容姿が特徴的過ぎる。
「フレスもスタードもおらんのか、つまらん」
「スタードなんか俺の姿見たら心臓止まっちまいますよ。いなくて良かった」
モラセスとカカオ達には居間で待つように言って、ブオルはクローテに屋敷内の案内を頼んだ。
自分の家で案内などと妙な気分だが、彼が知っているティシエール邸と現在のそれではあちこち違うようだ。
真っ直ぐに伸びた廊下を二人分の足音が響くのを聞きながら、ブオルは大きな窓から見える庭をのぞきこむ。
隅々まで手入れが行き届いた庭園の美しさはスタードの心遣いだろうか、などとこの場にはいない息子を想った。
「……やれやれ、とんでもないことになったもんだ」
「ひいおじいさま……」
「ブオルでいい。そう呼ばれるのなんか変な感じだ」
では、と改めてクローテはブオルを見上げる。
「ブオル様」
「様づけもくすぐったいな、さんづけとかでいいって」
「ぶ、ブオル殿……」
「そうきたか。生真面目なのはスタード似か?」
生真面目で堅苦しさが抜けないのはどちらかと言うと父のフレスに似ているのだが、ブオルにとってはフレスは孫でまだ小さな赤ん坊だ。
クローテは否定も肯定もせず、話題を次へ移した。
「……ブオル殿は、モラセス様の姿を見て一目ですぐにわかったのですか?」
人間にとって五十年の歳月は大きい。
過去の世界では今の英雄王より若いくらいの主君がいきなり年老いた姿で現れてそれとわかるのか、ああも当たり前のように慣れた会話を交わせるのか。
そう問われたブオルはしばし考えると、その大きな手でクローテの頭を撫でた。
「そうだな、一瞬わからなかった。いきなり未来に飛んだなんてこと自体がすぐには受け入れられてなかったからな。けど……」
「けど?」
クローテの鸚鵡返しに、ふ、と日溜まりのような橙の目が優しく細められる。
「あの人、俺を見た時にガキの顔になったんだよ。探してた父親を見付けたガキの……俺のよく知ってる、モラセス王の顔にな」
あの厳ついじいさんがだぞ、と笑いながら言うブオルの表情は穏やかで、
(……そして、ちょっと泣きそうにも見えたそれを見て、ああ、俺は本当にこの時代にはいない人間なんだなって……)
同時に、少し寂しげでもあった。
「王様には内緒だぞ」なんておどけて誤魔化す曾祖父のぎこちなさには触れずに、
「その王様をあまり待たせてはいけませんね」
クローテはそう返して、微笑むのだった。