54~黒騎士の心~
「テラのヤツ、顔も見せねえな……やっぱ、今回で俺の役目は終わりか……ここでお前らを倒せれば重畳、そうでなくてもまあ構わないと言ったところか」
穏やかな顔でブオルを見上げる黒騎士はそう己を嘲笑った。
時精霊が作り出したこの隔離空間にすら割り込めることが判明したテラだが、今はそのおぞましい気配すら感じない。
「……そんな顔すんなよ。たかが敵のひとり、捨て駒のひとつが消えるだけの話なんだからよ」
「お前さんこそ、未練とかはないのか……?」
「ない……と言やあ嘘になるかな。けどまあ、いい」
それよりも、とブオルに向かって伸ばした黒騎士の手は、浄化が進み指先からだいぶ消えかけていた。
「テラは……アイツは、ここでお前らを足止めさせて、何か企んでる。その何かまでは、捨て駒の俺にゃわかんねーけど……気をつけろよ」
『企み? 王都を魔物で混乱させ、英雄王を討つ以外に何か……うっ』
考え込んでいたランシッドが急に胸を押さえて苦しみだし、周囲の景色が歪む。
どうやら隔離空間が維持できなくなりつつあるようだ。
「お父様!」
「ランシッド様!?」
「……そら、時間がなさそうだ。とっとと行けよ。俺はもう、放っときゃ勝手に消滅してるから……この何もない空間が、名無しの化物には似合いの墓場だな」
そんなに警戒して見張らなくても大丈夫だぜ、と黒騎士は言うが、
「別にもうお前さんがこれ以上何かするとは思ってないさ……俺はただ、好敵手の最期を見届けたいだけだ」
なぁ……“カーシス”。
ブオルが発した言葉に、彼は目を見開いた。
「カー、シス?」
「古代語で“黒”って意味だ。あー、その、名前にはちょっと安直かもしれないが……ずっと何もないの、変な感じだったからさ」
「俺の……名前か……?」
カーシス、カーシス。
黒騎士はその名を反芻するように数回つぶやき……ややあって、吹き出した。
「ふっ、ははは……誰でもなかった名無しの化物が、最期に名前を手に入れるか! こいつあいい!」
「カーシス……」
「……上等過ぎる幕引きだ。ありがとな、ブオル」
今度は、心の底からの笑顔を見せて。
その瞬間、黒騎士……カーシスの肉体は消滅を加速させた。
「ああ、時間か……」
「カーシスっ!」
「ふ……心地好い響きの礼に、もうちょっとだけ教えてやるよ。テラは王都を混乱させた隙に、その裏で何かを実行しようとしてる。さっきから時空の精霊が苦しんでるのはそのせいだろう……だから、こんなところで立ち止まるな」
あばよ。
安らかな微笑みを最後に、カーシスは完全に消滅する。
……否。
「これは……」
彼がいた場所には、小さな小さな黒い……けれども、鈍い光を放つそれには禍々しさの欠片も感じない、そんな石だけが残った。
「……行こう、カーシス。この旅を一緒に見届けよう」
ブオルはその石を拾い上げ、優しく笑いかけるのだった。
穏やかな顔でブオルを見上げる黒騎士はそう己を嘲笑った。
時精霊が作り出したこの隔離空間にすら割り込めることが判明したテラだが、今はそのおぞましい気配すら感じない。
「……そんな顔すんなよ。たかが敵のひとり、捨て駒のひとつが消えるだけの話なんだからよ」
「お前さんこそ、未練とかはないのか……?」
「ない……と言やあ嘘になるかな。けどまあ、いい」
それよりも、とブオルに向かって伸ばした黒騎士の手は、浄化が進み指先からだいぶ消えかけていた。
「テラは……アイツは、ここでお前らを足止めさせて、何か企んでる。その何かまでは、捨て駒の俺にゃわかんねーけど……気をつけろよ」
『企み? 王都を魔物で混乱させ、英雄王を討つ以外に何か……うっ』
考え込んでいたランシッドが急に胸を押さえて苦しみだし、周囲の景色が歪む。
どうやら隔離空間が維持できなくなりつつあるようだ。
「お父様!」
「ランシッド様!?」
「……そら、時間がなさそうだ。とっとと行けよ。俺はもう、放っときゃ勝手に消滅してるから……この何もない空間が、名無しの化物には似合いの墓場だな」
そんなに警戒して見張らなくても大丈夫だぜ、と黒騎士は言うが、
「別にもうお前さんがこれ以上何かするとは思ってないさ……俺はただ、好敵手の最期を見届けたいだけだ」
なぁ……“カーシス”。
ブオルが発した言葉に、彼は目を見開いた。
「カー、シス?」
「古代語で“黒”って意味だ。あー、その、名前にはちょっと安直かもしれないが……ずっと何もないの、変な感じだったからさ」
「俺の……名前か……?」
カーシス、カーシス。
黒騎士はその名を反芻するように数回つぶやき……ややあって、吹き出した。
「ふっ、ははは……誰でもなかった名無しの化物が、最期に名前を手に入れるか! こいつあいい!」
「カーシス……」
「……上等過ぎる幕引きだ。ありがとな、ブオル」
今度は、心の底からの笑顔を見せて。
その瞬間、黒騎士……カーシスの肉体は消滅を加速させた。
「ああ、時間か……」
「カーシスっ!」
「ふ……心地好い響きの礼に、もうちょっとだけ教えてやるよ。テラは王都を混乱させた隙に、その裏で何かを実行しようとしてる。さっきから時空の精霊が苦しんでるのはそのせいだろう……だから、こんなところで立ち止まるな」
あばよ。
安らかな微笑みを最後に、カーシスは完全に消滅する。
……否。
「これは……」
彼がいた場所には、小さな小さな黒い……けれども、鈍い光を放つそれには禍々しさの欠片も感じない、そんな石だけが残った。
「……行こう、カーシス。この旅を一緒に見届けよう」
ブオルはその石を拾い上げ、優しく笑いかけるのだった。