53~芽生えた自我~
「まだ、まだだッ……!」
かなりのダメージを受けたであろう黒騎士の鎧はひび割れ、ほとんど剥がれ落ちていた。
それでもふらつきながら立ち上がると、ブオルを正面から睨みつける。
「……まだ、やるのか?」
「なに、言ってんだよ……俺が憎いだろ? お前の体を奪って好き勝手暴れた、この俺が!」
もともとは魔物の体の一部である鎧がビキビキと再生を始めるが、以前のような頑強さは見られない。
黒騎士の力が弱まっているのは、誰の目からも明らかだ。
「別に、憎たらしくはないさ」
「はぁ!? お前どんだけお人好しな……」
「お前さんだって、さっきクローテに斬りかかるのやめたろ」
圧倒的優位に立っていながら、不自然に動きを止めたあの一瞬。
あれがなければ今頃はブオル達が黒騎士の凶刃に倒れていたことだろう。
「……ホイップ、って言ったよな、お前」
「…………ちっ」
聴こえていたのかよ、と黒騎士が舌打ちをする。
ややあって、彼は重い口を開いた。
「そうだよ……そこのチビの顔が、お前の記憶の中にいたホイップってヤツと重なって見えた」
「私が、ひいお祖母様に……?」
この時代では故人となる妻の名を、ブオルが聞き逃すはずがなかった。
そして曾孫のクローテは、彼女の面影を強く色濃く残している。
「自分の中で、何が起きたかわからねえ……なんで斬れなかったんだ、なんで……」
「そりゃあお前、ホイップがとびきりのいい女だからさ」
「あ?」
「いや、あれだけ素敵なひとに惹かれない訳がないよな。俺の記憶を見てるんだったら、俺しか知らないようなホイップの可愛いとこいっぱい見たんだろ? そりゃあ惚れるよな、うんうん」
「はあ……?」
黒騎士は突然饒舌にデレデレと喋り出すブオルを前にしばらくぽかんとしていたが、
「……あー、なるほどなあ。確かにいい女だ。こんな未来に出てきてまで、可愛い子孫と旦那を守ったんだからな」
「そうともさ。俺の女神様だ!」
くくっ、と黒騎士が笑う。
そして改めて、大剣をブオルに向けた。
「じゃあ、同じ女に惚れたモン同士……決着をつけようぜ」
「お前……」
「勘違いするなよ。どのみち俺は時空干渉で生まれた存在だ。時空の歪みを修正するお前らとは、もともと相容れるものじゃあない」
鎧が再生する側から硬度を保てず崩壊を始める黒騎士の姿は痛々しく、明らかに限界が近かった。
とはいえそれでも戦士としては充分過ぎる強さ……先程回復したブオルも光精霊の輝きは消えており、術効果が切れて互いに五分五分といったところだろうか。
「……わかった」
『ブオル!?』
「みんなは手出ししないでくれ。たぶん……これが最後だ」
自我が芽生えつつある黒騎士は、テラの駒としてではなく、戦士としての戦いを望んでいる。
ならば己は騎士として、一騎討ちで応えよう。
「おっさん……わかったよ」
「ブオルさん、どうかご武運を」
「ブオル殿……ひいおじいさま、勝ってくださいね」
ブオルの想いを汲んだ若者たちが、澄んだ瞳で彼を見上げる。
少しの心配を滲ませながら、彼らの声音からはブオルに寄せる信頼も感じられる。
「……ありがとな。おじさんのわがまま聞いてくれて」
ふ、と微笑むと、ブオルは若者たちに背を向けた。
「待たせたな。さあ、始めようか!」
力強く構えた斧には、皆が託した想いが乗せられていた。
かなりのダメージを受けたであろう黒騎士の鎧はひび割れ、ほとんど剥がれ落ちていた。
それでもふらつきながら立ち上がると、ブオルを正面から睨みつける。
「……まだ、やるのか?」
「なに、言ってんだよ……俺が憎いだろ? お前の体を奪って好き勝手暴れた、この俺が!」
もともとは魔物の体の一部である鎧がビキビキと再生を始めるが、以前のような頑強さは見られない。
黒騎士の力が弱まっているのは、誰の目からも明らかだ。
「別に、憎たらしくはないさ」
「はぁ!? お前どんだけお人好しな……」
「お前さんだって、さっきクローテに斬りかかるのやめたろ」
圧倒的優位に立っていながら、不自然に動きを止めたあの一瞬。
あれがなければ今頃はブオル達が黒騎士の凶刃に倒れていたことだろう。
「……ホイップ、って言ったよな、お前」
「…………ちっ」
聴こえていたのかよ、と黒騎士が舌打ちをする。
ややあって、彼は重い口を開いた。
「そうだよ……そこのチビの顔が、お前の記憶の中にいたホイップってヤツと重なって見えた」
「私が、ひいお祖母様に……?」
この時代では故人となる妻の名を、ブオルが聞き逃すはずがなかった。
そして曾孫のクローテは、彼女の面影を強く色濃く残している。
「自分の中で、何が起きたかわからねえ……なんで斬れなかったんだ、なんで……」
「そりゃあお前、ホイップがとびきりのいい女だからさ」
「あ?」
「いや、あれだけ素敵なひとに惹かれない訳がないよな。俺の記憶を見てるんだったら、俺しか知らないようなホイップの可愛いとこいっぱい見たんだろ? そりゃあ惚れるよな、うんうん」
「はあ……?」
黒騎士は突然饒舌にデレデレと喋り出すブオルを前にしばらくぽかんとしていたが、
「……あー、なるほどなあ。確かにいい女だ。こんな未来に出てきてまで、可愛い子孫と旦那を守ったんだからな」
「そうともさ。俺の女神様だ!」
くくっ、と黒騎士が笑う。
そして改めて、大剣をブオルに向けた。
「じゃあ、同じ女に惚れたモン同士……決着をつけようぜ」
「お前……」
「勘違いするなよ。どのみち俺は時空干渉で生まれた存在だ。時空の歪みを修正するお前らとは、もともと相容れるものじゃあない」
鎧が再生する側から硬度を保てず崩壊を始める黒騎士の姿は痛々しく、明らかに限界が近かった。
とはいえそれでも戦士としては充分過ぎる強さ……先程回復したブオルも光精霊の輝きは消えており、術効果が切れて互いに五分五分といったところだろうか。
「……わかった」
『ブオル!?』
「みんなは手出ししないでくれ。たぶん……これが最後だ」
自我が芽生えつつある黒騎士は、テラの駒としてではなく、戦士としての戦いを望んでいる。
ならば己は騎士として、一騎討ちで応えよう。
「おっさん……わかったよ」
「ブオルさん、どうかご武運を」
「ブオル殿……ひいおじいさま、勝ってくださいね」
ブオルの想いを汲んだ若者たちが、澄んだ瞳で彼を見上げる。
少しの心配を滲ませながら、彼らの声音からはブオルに寄せる信頼も感じられる。
「……ありがとな。おじさんのわがまま聞いてくれて」
ふ、と微笑むと、ブオルは若者たちに背を向けた。
「待たせたな。さあ、始めようか!」
力強く構えた斧には、皆が託した想いが乗せられていた。