52~想い、背負って~

 王都での戦いの音も届かぬ異空間。
 周囲に害を及ぼさず、逃げ場もなくし……と言っても前回テラによって干渉されてしまったため確実ではないのだが、恐らくはこの隔離空間が決着の場となるだろう。

「……静かだな。外の混乱が嘘みたいだ」

 いやに落ち着き払った声音で、黒騎士……未来のブオルの肉体を乗っ取った魔物が呟く。
 そこには初めて会った時のような凶暴さはないように思えて、ブオルは首を傾げた。

「お前、やっぱどこか様子がおかしいぞ?」
「それを言うならお前だってそうだろ」

 ブオルの言葉を半ば遮るようにして、真っ直ぐに突きつけられた黒刃。

「ついこないだとは違って、肝のすわった面ぁしてやがる。仲間の人数……戦力は減ってるのに、だ」

 ブオルと共にいるのは、カカオ、メリーゼ、クローテの三人……それとこの空間を作り上げた時空の精霊ランシッドのみ。
 いつもの一行からすれば半分以下の人数だが、人間離れした化物を前に、この場にいる誰も気圧されてはいない。

「ブオルのおっさんはお前なんかに負けねえからだよ!」
「確かにこの場にいない仲間もいます。けれども、わたし達は互いに託したのです!」
「この決戦も、王都を守ることも……どちらも大事なことだからな!」

 若者たちもまた、真っ直ぐに黒騎士を見据えている。
 黒騎士は「ガキが言いやがる」と吐き捨て、眩しそうに目を細めた。

「この場にいなくても、想いは繋がってる。みんなの想いを背負って戦うパパは、強く大きい背中を見せなきゃな」
「あー……そういうことか。想い、か……俺も、」

 ふ、と自嘲染みた笑みを零したかと思えば、それは一瞬のこと。

「っと、いけねえ。戦いに集中しないとな」
「……お前、」
「無駄話はここまでだ。お前らの“想い”とやらを粉々に叩き潰してやるよ!」

 大きな刃が横に払われ、剣圧でブオル達の髪や衣服をはためかせる。

「ブオル殿っ!」
「来るぞ、おっさん!」
「ああ、わかってるよ!」

 手には愛用の斧、そして傍らには仲間達。
 身に纏うのは遠く時の彼方から届いた、妻の愛情がこめられた衣装。

「王都騎士団……いや、今はただの旅人か。ブオル・ティシエール……参る!」

 夜色のマントを翻し、旅人は武器を構える。
 夕焼けの瞳には、もう迷いなどなく。
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